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フォントワークス 書体デザイナー座談会[2]築地復刻書体プロジェクトを聞く〈後編〉:森田隼矢 × くぼた あゆか × 中村勇弥

フォントワークスで書体制作に携わるデザイナーを紹介しながら、今考えていることや取り組んでいることをテーマに話を聞く書体デザイナー座談会の第2回。前編に引き続き、築地復刻書体プロジェクトについて森田隼矢さん、くぼた あゆかさん、中村勇弥さんとお話ししていきます。

後編では、制作中の「筑地(つくじ)二号明朝」のディテールや、リリースまでの道のりについて、たっぷり詳しくご紹介します。

※開発中につき、デザインは掲載画像から変更の可能性があります。

〈書体デザイナー プロフィール〉
森田隼矢
日本大学芸術学部デザイン学科卒業。2017年フォントワークス株式会社入社。築地活版製造所の印刷物を収集&活字の復刻制作を通して書体制作を修業中。趣味は動物園に行くこと。好きな生き物はカバとシャチ。

くぼた あゆか
2020年フォントワークスに入社。築地活版製造所の明朝体復刻プロジェクトにてコツコツ筑地二号明朝を制作中。趣味はレコード収集。ジャケットのタイトル文字で衝動買いすることにはまっています。

中村勇弥
早稲田大学文学部卒業。2020年フォントワークスに入社。築地活版製造所の明朝体復刻プロジェクトを通して絶賛修業中。趣味は音楽鑑賞、読書、筋力トレーニング。

「筑地二号明朝」のディテール、この形に注目!

— ここまでのお話を聞いていると、復刻をしながら「文字の形を発見する」ことがあるのかなと想像します。実際に作業する中で、皆さんが「この形は面白い!」と思った文字を紹介していきたいです。

森田 私からはこの4文字です。文字の内側の空間を“ふところ”というんですが、築地二号の「卷(巻)」はふところがすごく狭い。真ん中(筑紫明朝)の「卷」はふところがゆったりしていますが、筑地二号明朝の「卷」は、うずまきのようにギュッと締め付けられているようなところがかっこいいですね。
 「所」は下の二つと比べて、「斤」の左はらいが偏の左下にかなり滑り込んでいます。偏の下部の空間を埋めようとしたのかなと推測したものの、他の字を見る限りそうとも言い切れない。
 「學」は、一番下の明朝体(マティス)だと冠の縦画が斜めになっていますけど、筑地二号明朝ではもっと斜めになって中心に向かう流れがある。と思ったら、「子」の横画の上の空間がなぜか空いていて、「どうしてこの横画の位置を下げたのかな?」と思いました。
 「市」も横画同士の間がすごく空いていて、「巾」の部分がずり下がっている。それが不思議と心地よく、安心するような印象があります。

中村 筑地二号明朝の特徴の一つに、変わったバランスの取り方があります。「各」は上下のパーツで重心がすごくずれていて、でも、一文字で見ると「これはこれでアリかな?」と。2つの左払いが、右にずれ落ちそうなパーツを左へギリギリ引っ張っているようにも見えます。「患」の二つ長方形に並んだ「口」も、普通は中央揃えにしますよね。ところが、築地二号をよく見ると中央揃えになっていない。「沙」は「少」の左はらいと左右の点にかけて運動や立体的なリズムが見えます。

中村 こちらは左右のはらいの特徴が分かりやすい三文字。一般的な明朝体は左右の偏と旁のバランスを水平にしますが、筑地二号明朝は文字ごとに動きがあります。「俊」は「夋」の部分の左はらいがすごく短くて、右はらいが長い。同じ旁(つくり)を持つ「竣」では全く形が違います。一文字の中にもリズムが見えてくるので、文字組みするともっと動きが感じられて楽しい書体です。
 他にも右はらいの形で藤田さんに教えてもらった特徴があるんですが……。

中村 これは「筑地二号明朝」に限らず、昔の活字の右はらいの特徴ですね。前半でグッと早めに太くなって、その太さを保ったままはらっていく形が多いみたいです。この右払いの形が「渋い」と教えてもらって、パスで起こしていくときに、すごく意識するようになりました。

— 左はらいはスッと力を抜く。逆に、右はらいは筆を置いたらぐぐっと太く運んでいくんですね。活字の中に、筆で書いた力の塩梅みたいなものが見えてくるのが面白いです。

くぼた 私が面白いと感じる部分は、同じパーツでも処理が違う漢字がたまにあるところです。例えば「輸・鍮・愉」は、旁の「月」や「くの字」の部分がそれぞれ違う。「同じパーツなのになんで?」というものが結構あります。

くぼた 雨冠の5画目から8画目は基本的に横線で表されているんですけど、「雰」や「零」のように小さい“うろこ”が付いているものも。「零」は、なぜか右側の横線だけ“うろこ”がついている。そういう不揃いさが作業しながら見えてくるので、どの文字もすごく個性があってかわいく思えます。

— 一つ一つの文字から個性を掬い上げる。楽しいですが気の抜けない作業ですね……!


「筑地二号明朝」リリースまでの道のり

— 現在、進捗としてはどれぐらい進んでいるのでしょうか。

森田 全体の60%ぐらいです。JIS第1水準の漢字の約3,000字が一通り終わっていて、JIS第2水準が10%ぐらいまで進んでいます。約7,000字の漢字を作り終えたら、先ほど出た「感」のような異体字を作り、その後にひらがなとカタカナ、欧文を作る予定です。

— まだまだかかりますね。ひらがなも築地二号を基にして作るんですか?

森田 今、このプロジェクトに取り組んでいる書体デザイナーが5名いまして、それぞれで違う号数のひらがなを担当しようという計画があります。

— じゃあ漢字は二号でひらがなは五号とか、組み合わせのバリエーションが楽しめることになるんですね。お話を聞いていると、ちょっとクセのある不揃いさがウリの書体だなと思うので、使い方を考えるのが面白そうです。ちなみに、筑地二号明朝のウエイト(書体の太さ)は何種類作るんですか?

森田 ウエイトは8種類の予定です。

— 8種類も!

森田 はい。Bが筑地二号明朝のオリジナルの太さなんですが、次に一番太いUと細いLを作ってウエイト展開し、それに合わせた太さでひらがなも展開する予定で進めています。

— うわー、大変ですね! まずはオリジナルのBの完成を目指して……。

森田 そうですね。当面はBの完成が目標になっています。ウエイト展開もそのまま太く・細くするだけではありません。この資料(下図)は昔の小説に使われていた築地五号なんですけど、縦画と横画の太さに差がほとんどなくて、うろこが大きい。筑地二号明朝のLではその特徴を再現しています。なので、筑地二号明朝のLを五号の大きさで使うと、本当に当時の印刷物のような印象になるんですよ。個人的にもLのリリースは楽しみにしています。

— ウエイトごとに見え方の調整をしていくと。本当に時間をかけた一大プロジェクトですね。築地体という明治期に生まれた書体を、森田さんはじめ20代の若いメンバーで復刻するのって、どのような感覚で取り組まれていますか?

森田 築地体は約100年前の書体とはいえ、今の明朝体を辿っていくと行き着く源流のひとつですよね。例えば今、新しい明朝体を作るとなったら、最近の明朝体の特徴もある程度受け継ぐことになると思うんです。でも、筑地二号明朝に関しては、築地体から直接受け継いでいくので、その間の明朝体の変遷をすっ飛ばしている。そこが面白い。
 ちょっとおこがましいんですが、昭和初期に築地体から受け継いで書体を作った人と、もしかしたら我々は同じポジションにいると考えることもできます。さらに想像を広げてみると、もし50年後に誰かが筑地二号明朝を基にして書体を作ったら、そのすっ飛ばしたものから受け継ぐことになる。そう考えるとパラレルワールドのように、これまでの明朝体の変遷とは別の分岐に筑地二号明朝が入っていったら面白いなと思っています。

— いいですね、ロマンを感じます。中村さんとくぼたさんは、入社してすぐ復刻に携わることになりましたよね。

中村 筑地二号明朝を通して基礎を学んでいます。確実に目が良くなったと思います。はじめは見えなかった線の質をしっかり見られるようになりました。線の柔らかさを大切にしています。

くぼた そうですね、観察力はかなり磨かれました。造形を見てデッサンしたり、彫刻したりするのとすごく近い感覚があります。機械的ではない、工芸品として文字を作っているような。筑地二号明朝でしか得られない視点が持てるので、経験できて良かったなと思っています。

— 藤田(重信)さんがこのプロジェクトを始められた時に、若い人たちに何かを伝えたい、受け継いでほしいという思いがきっとあったんだろうと思います。最後に、このプロジェクトの他にそれぞれが取り組んでみたいことを聞かせてください。

森田 まずは自分の書体をリリースすることが最優先の目標なので、築地復刻書体プロジェクトの傍ら、試作書体も頑張って作っています。

くぼた まずは筑地を完成させることと、ゆくゆくは自分の書体を出すことです。今は筑地を通して学んだ文字の生き生きとした感じを、どうやったら自分の着想に落とし込めるか模索中です。

中村 僕もいつか自分の書体を出したいです。僕は写植書体「石井中明朝ニュースタイル」が好きで。“ニュースタイルかな”は教科書体に近くて、大人も使える、でもやさしい書体。なめらかで自然な運動が見える筆遣いが、エッセイ本などにすごく合うんです。そんな文体と渾然一体となってくれる書体をイメージしながら、自分の書体にも挑戦してみたいです。『遠い朝の本たち』(須賀敦子 著、ちくま文庫)は、石井中明朝ニュースタイルで読めるエッセイ本で、すごくオススメです。

— 築地復刻書体プロジェクトも、皆さんが生み出される書体も期待して待っています。今日はありがとうございました!


(取材・構成:フォントワークスnote編集部/文:足立綾子/撮影:勝村祐紀)

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