「筑紫オールドゴシック」2024年9月に4ウエイト追加! 藤田重信が語る、懐かしく新鮮な書体デザイン
リリース当初から、さまざまなシーンでご利用いただいている人気書体「筑紫オールドゴシック」が、このたび待望のファミリー化。昨年までにリリースされているB(ボールド)とUL(ウルトラライト)に加え、9月に4ウエイト、2024年内に2ウエイトが追加され、8ウエイト展開となります。
特設サイトでも、豊富なビジュアルやムービーを交えて書体の魅力をご紹介していますので、ぜひご覧ください。
そしてnoteでは、「筑紫オールドゴシック-B」が生まれてから10年越しのファミリー化を記念して、書体デザインディレクターの藤田重信に、改めてオールドゴシックのデザインについて語ってもらいました。
筑紫オールドゴシック、待望のウエイト追加
― 書籍『筑紫書体と藤田重信』の刊行に合わせた祖父江慎さんとの対談でも、筑紫オールドゴシック誕生のエピソードを語られていました。その中で、「ふところを絞ると新鮮みが出ることに気づいた」ターニングポイントとなった書体だとおっしゃっていましたね。そして待望の8ウエイト展開、10年かかりました。
動画「筑紫書体対談 祖父江慎×藤田重信 #3」/パイ インターナショナル
藤田 2014年に筑紫オールドゴシックのB(ボールド)を出して1年くらいした頃、東京で5、6人の装丁家の皆さんとお話をしたんです。実際にオールドゴシックを使った書籍を持ってきてくださったりしてね、「藤田さん。本文で使える細いやつと、もう一段階太いウエイトをお願いします」っておっしゃるんです。
ただ私の方も、これから作りたい書体のサンプルを持ってきていて、そのサンプルをお見せすると「先にこれを」となっちゃう。そうやって新しい書体を作っているうちに、ファミリー化まで10年かかってしまいました。
― この10年、新しい筑紫書体を次々に見せていただけました。一方で、筑紫オールドゴシックのファミリー化は多くの人が待ち望んでいたと思います。この10年でオールド系のゴシック体は、いわゆるモダン調の文字面の大きいゴシック体とは少し役割が違う、新たなスタンダードになりつつある気がしています。
藤田 時代の空気感なんでしょうね。私は昭和50年に書体デザインの世界に入って、その頃は写研のナールや本蘭明朝、ゴナが出てきて、ふところが広い書体がとても新鮮な時代だったんです。それが2000年くらいまでずっと続いていました。
それより前、金属活字や写植の前期に見られるオーソドックスな書体には、ふところをぐっと絞ったものが普通にありました。筑紫オールドゴシックを作って、今の時代にはそれが新鮮に映るのだとわかって、筑紫アンティーク明朝でさらに一絞りすると、「これは過去に見たことがないよね」という書体になる。それで何か開けたんですよ。自分の中で、これから作るものが見えてきた。そのきっかけになった書体です。
極細から太字まで、豊富な8ウエイト展開
― では、今回ウエイトが追加された筑紫オールドゴシック ファミリーについて詳しく聞かせてください。まずウエイト展開について。先行していたBとUL(ウルトラライト ※2023年リリース)に、新たに6ウエイトが加わりました。
藤田 通常ならば、L(ライト)からE(エクストラボールド)くらいまでしか作らないと思います。
極細のULは、大きく使うと映えるウエイトです。モダン系のゴシック体だと、ヒラギノ角ゴシック体にはW0というウエイトがありますよね。でも、オールド系ですごく細い書体というのはあまりない。やっぱり今までにないものの方が新鮮に見えるだろうということで、ULを作ったんです。
ただ筑紫オールドゴシックだと、極細のウエイトは通常の1,000メッシュではなく、10,000メッシュにせざるをえなくて(*1)、ファミリー化にあたってもR~Eは1,000メッシュ、UL~Lは10,000メッシュと分けて制作することになりました。
― ウエイト追加のタイミングが、今月リリースされた「R(レギュラー)・M(ミディアム)・D(デミボールド)・E(エクストラボールド)」と「EL(エクストラライト)・L(ライト)」(2024年内リリース予定)の2回に分かれていたのは、そういう理由だったのですね。
藤田 できたものから先に出していくというね。早く届けた方がいいでしょう?
― そうですね(笑)。文字のデザインについてもうかがっていきたいのですが、まずは仮名の特徴について。筑紫オールドゴシックの仮名は筆が軽やかというか、抜けがいい印象があります。
藤田 筑紫ゴシックは、筑紫明朝の骨格を踏襲しているので、少し粘りがあるんですよ。筑紫オールドゴシックはそれとは違って、さくさくとした中に一定の伸びやかさがあります。たとえば、ひらがなの「た」を見ると最後の4画目は粘っていなくて、横にスッと平たく流れていく。そんなイメージです。
あとは、「く」や「へ」を見ていただくとわかるように、正方形に合わせない。縦に長い文字は長体で、平たい文字は平体でいいんです。
今見ると、仮名はどれも「普通」ですよね。いろんな金属活字のゴシック体を横目に見ながら、できるだけ普通に、自分の中にある好みの骨格を描こうとしていたと思います。
豊かな抑揚と、均質で端正な文字組み
― 漢字に対してはどんなこだわりがあるでしょうか。
藤田 やっぱり全てに抑揚があるということですね。縦画や横画も直線ではなくて、ストロークの中央が細くなっていて書きはじめと終わりにかけて太くなっていく。この感じ、金属活字にはよくあったというふうに思います。
― 太いウエイトで見るとよくわかりますね。一文字で大きく置いても映えるなと思います。
藤田 この抑揚が情報量を生むんですよね。文字に情報量が乗っているから、文章を組んだときに、テキストが伝わる力というか、うったえる能力が強くなる。
もちろん、すっきりした書体が必要なこともあります。でも、たとえば文芸書や広告とか、情報量がないと伝わらない場面もあるわけです。書体は使われ方が大事。そのためにいろんな書体が必要とされるんだなと思います。
― 筑紫オールドゴシックから立ち上がってくる質感みたいなもの、藤田さん自身はどんなものを意識して作られていますか?
藤田 私は写研から書体デザインの道に入って、そこで身についたのは均質感だと思います。当時のハードウェアによる制約も影響していますけど、組んだときに紙面の濃度がフラットに見える、美しい均質さを求められていましたし、実は、その質感は筑紫書体の中にも生きている。最初の筑紫明朝-Lはもう20年前に作った書体ですけど、これほど紙面が均質に見える明朝はなかなかないんじゃないかと思います。
筑紫オールドゴシックも、RやLで文章を組んでもらうと均質さや品の良さを感じてもらえると思いますよ。自分で試してみても「なかなかいいじゃない」という驚きがあります。
― 正方形にかっちり収まっているスタイルではないし、文字ごとに個性を持っているように見えますが、藤田さんが文章を組まれているのを見るとすごく端正な印象を受けます。組み上がったときに美しく見えるだろう、とイメージしながらデザインされていくのですか?
藤田 昔、写研時代に友人と話したことがあるんです。その人は「組んだときにどう見えるか」が大事だと。書体は組んだときに美しさが一番で、1文字で見たときはそれほど良くはなくてもいいのです。
僕はまず、1文字で完璧なフォルムを求めてしまいます。そして組んで見ても美しいというスタイルです。そんな感じを目指して作っています。装丁のタイトルや見出しでよく使ってもらえるのは、そういうところを評価いただいているのかもしれないですね。
昔と今をつなぐ、懐かしくて新鮮な書体づくり
― 最後に、ULがリリースされた時の取材でもうかがいましたが、筑紫オールドゴシックの欧文についても少し聞かせてください。
藤田 欧文は私の趣味に合わせて作っています。筑紫オールドゴシックの欧文は、Garamond的な骨格をしたサンセリフで、スタイルはわかりやすく言えばOptimaに近い。Xハイトをこぢんまりと、低めにとっているのも私の好みです。時代には逆行しているかもしれないけれど、個人的にはこういうスタイルが好きですね。
― x-heightが低めなのも、彫刻したようなディテールも、クラシックな金属活字の雰囲気があって格好いいです。筑紫アンティークゴシックの欧文にも同じ骨格を採用していますが、こちらは一転してエジプシャン(スラブセリフ)なのも驚きでした。
藤田 スタンダードなサンセリフは筑紫ゴシックでやっているから、筑紫オールドゴシック以降は遊んでみようと。みんな同じような決まりきった欧文が入っていても、使う楽しみがないでしょう?
それと、筑紫オールドゴシックと筑紫アンティークLゴシックは大きさとウエイトがだいたい共通していますから、欧文や数字だけアンティークゴシックを使うこともできますよ。実際に漢字はオールド、仮名はアンティークというふうに混植して使われている方もおられますし、そうした使い方を想定して同じ濃度になるように作っています。
― そう聞くと、筑紫アンティークゴシックのファミリー化も期待してしまいます。
藤田 いずれやらないといけないだろうな、と思っています。筑紫Q明朝はさすがにいいだろうと思いますけど、それ以外の書体はやっぱりファミリー化を目指さないといけないだろうなと。
― 新書体にも取り組まれていますし、藤田さんのお仕事はまだまだたくさんありそうですね。
藤田 ありますね。でも、筑紫書体だけでなく、後輩たちの書体にも力を入れていけるようにしたいと考えています。
時代っていうのは、常に若い人たちが動かしているもの。今の流行や空気感みたいなものに入っていくのは自分には無理です。そこは後輩たちに任せて、私がやるべきなのは、昔からあるいい書体やスタイルを自分流に作り直して「こんなに新鮮でしょ」と見せること。昔の書体も、それが登場した時は新鮮だったはずなんです。そのまま持ってきたらレトロなだけですけど、今の時代に合わせて作るならこうだよね、と。音楽やファッションだってそうですよね。どこか懐かしさがあるけど、とっても新鮮で、ワクワクする。そんな書体を作っている最中です。