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筑紫オールドゴシックに「UL」が登場、デザイナー藤田重信インタビュー

2014年誕生した「筑紫オールドゴシック-B」。リリースから現在まで、たくさんのシーンで利用いただいている人気書体に、9年ぶりに新ウエイト「UL(ウルトラライト)」が追加されました。

「筑紫オールドゴシック-UL」リリースに合わせて特設サイトもオープン!
豊富なビジュアルやムービーで書体の魅力をお伝えしていますので、こちらもぜひご覧ください。

そしてnoteでは、筑紫書体シリーズを手がける書体デザイナー・藤田さんのロングインタビューをお届け。筑紫オールドゴシック誕生のエピソードや、新ウエイト「UL」制作の裏側まで、たっぷり紹介します。

〈書体デザイナー プロフィール〉
藤田重信
1957年福岡県生まれ。1975年、写真植字機の株式会社写研文字デザイン部門に入社。1998年、フォントワークス株式会社に入社し、筑紫書体ほか数多くの書体開発をする。
プロフィール詳細(フォントワークス コーポレートサイト)

筑紫オールドゴシック、誕生の背景


筑紫オールドゴシック イメージビジュアル

— まずは「筑紫オールドゴシック」誕生の背景から聞かせてください。

 最初から話すと、「筑紫明朝」の次に「筑紫オールド明朝」に取り掛かって、サンプルをいろいろな人に見てもらっていると「こういう骨格で丸ゴシック体を作ってほしい」という要望が圧倒的に多かったんですよ。求められているものははっきりしていて、モダン系ではなく、写研の石井丸ゴシックみたいな書体がほしいということなんですね。
 言われてみると、当時のデジタルフォントはモダン系の丸ゴシック体ばかり。「なるほどこういうものが必要とされているんだな」と、オールド明朝の骨格を参考にしながら「筑紫A丸ゴシック」と「筑紫B丸ゴシック」を作りました。

 それで、次は何をしようかと考えていたとき、雑誌の表紙でオールド調に加工されたゴシック体を見かけたんです。それが頭に残っていて。
 ちょうど数カ月後に、デザイナーの祖父江 慎さんのところへ伺う予定がある。何かドキッとするような“お土産”がないと面白くないと思って、前に見かけたゴシック体の印象を思い出しながら“ふところ”を絞ったゴシック体のサンプルを作って、持って行ったんですよね。その時は「ごめん、わからない」という感想でした。
 何年か経って、祖父江さんに「藤田さんから新しい書体を見せてもらうときは、アバンギャルドすぎて最初はいいのか悪いのか分からない。何度か見せてもらううちに、“これ昔からあったよね”という感覚になる。不思議だね」というふうに言われました。それが、後の筑紫オールドゴシックになる書体です。


ふところを絞った、“新鮮”なオールド

— 漢字や仮名、形についてのこだわりを詳しくうかがいたいです。

 筑紫書体シリーズの場合、自信を持って言えるのは、漢字で勝負しているところ。漢字を見て特徴のある書体だと思ってもらえるように、はね具合、起筆の墨溜まり、にじみの強さみたいな、そういうところもデザインに取り入れて、強く意識を向けて作っています。

 仮名に関しては、どこかで築地体五号(*1)のゴシック体版をイメージしていたのかな。五号明朝の骨格でゴシックをやるといいんじゃないかという、ぼんやりした感じで進めていった気がします。モダン系のゴシック体に比べると、毛筆で書いたひらがな・カタカナの骨格を意識しているのが筑紫オールドゴシックですね。

— 誕生エピソードの中で話されていた「“ふところ”を絞ったゴシック体」というのが、筑紫オールドゴシックの代表的な特徴かなと思います。

 その後に出した「筑紫アンティーク明朝」や「筑紫アンティークゴシック」に比べると、オールドゴシックの絞り具合はそこまでじゃない。それでもモダン系のゴシック体に比べると、ぐっと締まっています。
 他にデザインで気をつけているところは、直線を入れないこと。筑紫オールド明朝や筑紫丸ゴシックを作るときから絶対に直線を入れないようにしていたので、自分の中でそういう考え方になってしまっていたんですよね。

 例えば横画にも抑揚があって、左右が少しラッパ型に開いている。これが嫌味のあるラッパ型だとだめなんです。直線だと無機質になるから、いい感じに開いたラッパ型。拡大すると四隅は必ず少し丸まっていて、打ち込み(起筆)のところは右側に墨溜まりがある。縦画もウエストを絞るような形で、裾にかけて開いていく。
 骨格は筑紫オールド明朝です。これで一般的な明朝体よりも半絞りくらい、“ふところ”を絞った形になります。


— 抑揚があってディテールも豊かで、どこか温かみを感じます。以前から気になっていたことなのですが、筑紫書体シリーズのオールドやアンティークは、言葉そのままの「昔のもの」というより、私たちの想像の中の“オールド感”や“アンティーク感”のような印象があるのですが……。

 書体名をつけるのは本当に難しくて、できるだけみんなが知っている単語で、確かにそう見えるという名前にしています。
 オールドもアンティークも、本当に古いものだったら、今の筑紫書体のようには使ってもらえないかもしれません。それは洋服のモード、ファッションとも一緒だと思うんですね。ヴィンテージでプレミアがついているようなものは別として、昔のスタイルがリバイバルで流行しても、お父さんお母さんの箪笥の中にあるものが着れるかといったら、やっぱりそうじゃない。

 でも、作っているときにそんな大層な理屈は考えていないですよ。作るときに大事なのは、その形に自分がワクワクできるかどうか。“ふところ”をきゅっと絞ってみたら「なんか格好いいじゃん」みたいな。こういう書体って昔あったな、という雰囲気でオールドと呼んでいますが、自分自身が新鮮に感じられるものじゃないとつまらない。それが“今”の空気感になって、周りの人に共感を持ってもらえている部分なのかなと思います。

*1 築地体五号とは、明治初期に東京築地活版製造所が販売をはじめた「築地体」の中でも、主に本文用として定着した五号サイズのこと。のちの書体に大きな影響を残し、現在の明朝体のルーツの一つであるとされる。

極細かつ繊細な「UL(ウルトラライト)」

筑紫オールドゴシック UL イメージビジュアル

— さて、そろそろ今回リリースされるウエイト「筑紫オールドゴシック-UL」についてうかがいたいです。

 UL。なぜ「UL(ウルトラライト)」なのかっていうね。

— はい。「B(ボールド)」の次にリリースされるウエイトとしてULが選ばれた理由、気になってました。(*2)

 本文で使うことを考えたら、普通「L(ライト)」でいいはずなんですよ。でも装丁で使う際、例えば「春夏秋冬」というタイトルだとすると、その4文字が表紙を埋めるような大きさで使われていることがあります。そういうときは鉛筆の単線で書いたくらいの、細いULの方が独特の雰囲気が出る。
 欧文でULはよくありますけど、和文ではあまりない……あったとしてもモダン系のゴシック体ですね。そこで、抑揚がある筑紫オールドゴシックでULを作ってみたらどうなんだろうと。

— かなり時間をかけて作られていましたよね。藤田さんのTwitterを遡っていたら、他の書体とも並行して、2018年ごろから着手されていたようです。

 これね、最後の調整でも苦労しているんですよ。最終的に製品としてリリースするとき、通常のフォントは1,000メッシュにします。仮想ボディの中を縦横に1,000本のピッチが走っていて、パスのアンカーポイントやハンドルの位置を、このメッシュに沿うように専用のソフトウェアで置き換える。

 筑紫オールドゴシックのULだと、例えば横画の両端、短い縦線の部分も直線ではなくて、少し膨らんでいます。アンカーポイントからちょっとだけハンドルが出ているんですよ。本当にほんのちょっと。これを1,000メッシュに置き換えたらどうなるかっていうと、完全に直線になるか、人の鼻みたいな形になってしまうことがあるんです。

 これは勘弁してほしいなと。そこで絵文字などに使われる10,000メッシュのフォントにする方向で検討しています。デメリットとしてフォントの容量が大きくなってしまうのと、使うアプリケーションによって不具合が起こる可能性があるので、そのテストをしてもらっています(※取材時点)。

— スタイルだけでなく、技術的にも繊細なフォントなんですね……!

*2 ウエイトの表記に決まりはないが、一例として以下のように示すことがある。
細い方から順に、 UL(ウルトラライト)、EL(エクストラライト)、L(ライト)、R(レギュラー)、M(ミディアム)、D または DB(デミボールド)、B(ボールド)、E または EB(エクストラボールド)、H(ヘビー)、U または UB(ウルトラボールド)

オールドゴシックらしい欧文のこだわり

— 筑紫オールドゴシック-UL開発中のツイートを拝見していて、欧文の美しさにも惹かれました。シャープだけど優しくて、欧文書体でもあまり見かけないスタイルだと思います。欧文へのこだわりは何かありますか?

 日本語書体には、明朝体だと「Century Old Style」などのCentury系、ゴシック体には「Helvetica」風の欧文を合わせるのが一般的というか、暗黙のルールみたいなところがあるわけです。筑紫書体シリーズの場合は、初期からそのルールを外れていましたね。
 最初、筑紫明朝のテスト段階から、戸田ツトムさんと鈴木一誌さんが作っていた『d/SIGN』って雑誌で使ってもらっていたんですが、筑紫明朝に「Adobe Garamond」を組み合わせて使われていたんですよ。「こういう使い方をする人たちもいるんだ」と思って、筑紫オールド明朝には藤田流のGaramondを採用しました。

 だから2014年に筑紫オールドゴシック-Bを作ったときは、「Garamond的な骨格で、サンセリフにしたらどうなるんだろうか」と考えながら作ったんじゃないかな。あと特徴として、x-height (*3)を低めに取っています。
 読む人にとっては、ある程度x-heightが高くないと読みづらいっていうのはあって、今の欧文は高めが標準なんだけど、それをそのまま採用しても味わいや新鮮さが出ないので、若干低めに。これもこだわりですね。

— 少しウエストを絞ったようなオールドゴシックのシルエットにも、合っている気がします。

 Twitterを見てくれている人から「(ULの欧文は)細いんだけど陰影を感じる」といった感想をもらったことがあります。縁にかけて広がっているのが、ペンで書いたときのインク溜まりみたいに見えるのかもしれないですね。作る側が意識していないようなことでも、どんなところを「いいね」と感じてもらえているのか伝わってくるのはありがたいです。

*3 欧文書体で小文字の「x」の上端を揃える高さをミーンライン
と呼び、ベースラインからミーンラインまでの高さをx-heightと呼ぶ。

書体デザイン制作の裏側

— 藤田さんのツイートといえば、筑紫オールドゴシック-UL開発中にデスクの様子を投稿されていました。これ、興味を惹かれているんですけど、それぞれのモニターをどのように使っているのですか?

 最新のiPhone(取材時ではiPhone 14)の解像度って400ppi以上あるわけですよね。もう印刷系の解像度と変わらないくらい。左にあるバータイプのモニターは、この大きさで縦の解像度が1100あるので、300ppi近くあるんじゃないかな。上の大きな34型モニターは3440×1440で110ppiくらい。そんなに解像度は高くないです。

 上の大きいモニターは、文字を拡大しながら作業するのに使います。例えば「ここを細めよう・太めよう」というときに、この画面でアンカーポイントを移動させたりする。その結果を左の小さいモニターで確認します。5文字並べて、濃度的に大丈夫かどうか、大きさのバランスが取れているかっていうのを確認するわけです。
 大きなディスプレイで縮小して見ればいいと思うかもしれないけど、それだと解像度が荒すぎる。今は高解像度のモニターがあるので非常に助かっていますよ。

 でも、本文用書体の濃度調整をするときは、10ptの大きさの文字をOKIの1200dpiのプリンターで出力するのが最も見やすいです。実際に小説を組んでみたりして、黙々と読みながらチェックをして、調整して次のバージョンでまたチェックして……その繰り返しです。
 筑紫オールドゴシック-ULはそこまでやっていませんけど、本文用書体はそれくらい追い込まないといけない。

— 使われる用途や環境に合わせたチェックが必要なんですね。最後に、せっかくなので大きな質問で終わらせてください。藤田さんにとって書体デザインってどんな仕事ですか?

 小さい頃から、形フェチなんでしょうね。小学校1年生か2年生だったか……クマゼミっているでしょう。

— クマゼミ。はい。

 アブラゼミやミンミンゼミは取れるんだけど、クマゼミはパワーがあって、簡単には捕まらないんですよ。子供ながらに「これは大物だな」と、ビニール袋と針金で自作の虫取り網を作って、捕まえたときは足が震えるくらい嬉しかったですね。目の張り方がガンとしていて、体の厚みが違う。厚みがあるから、真上から見ると羽が垂直に立ち上がるように見えます。そういう形のディテールが強烈に頭に残っているんです。
 他にも親が乗用車を買うことになったときに、2代目カローラのテールがとても愛くるしくて「カローラにしてくれよ」って涙を溜めて訴えた記憶がありますよ。実際に納車されたのはコロナでしたけどね。
 それぐらい形フェチなところがあって、結果的に書体デザインという仕事は合っていたような気がします。一文字一文字が形そのものですから。

— 人生のいろいろな経験の中から、形の記憶を呼び起こして書体づくりをされているのが伝わってきました。
 筑紫オールドゴシックは他のウエイトも展開される予定だと聞いていますし、筑紫書体シリーズはまだまだアバンギャルドな新書体が控えています。たくさんの方々に使っていただけるように、私たちも頑張っていきます!


筑紫オールドゴシックが使えるサービス

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