筆文字に新風を吹き込む新書体「鼎隷書」デビュー! 書体デザイナー 山村佳苗インタビュー
新書体「鼎隷書(かなえれいしょ)」がリリースされました。
鼎隷書はフォントワークスの書体デザイナー 山村佳苗が手がける、現代的な空気をまとった隷書体。歴史的な筆法に添いながらも、軽やかな平ペン風のエレメントで、リズミカルな形が楽しい書体です。
そのコンセプトや見どころについて、作者にじっくり語ってもらいました。
経験を生かして筆書体に取り組む
― 最初に、山村さんがこれまでにどんな仕事を手がけてきたか聞かせてください。
山村 入社してからの仕事で代表的なものは、楷書体「ニューグレコ」の仮名の制作です。フォントワークスにはグレコという書体があるのですが、それをベースに新書体をリリースしようという計画があり、仮名を一新しようというタイミングで私が入社して、担当させてもらえることになりました。
— 以前の記事で、幼少期から書道を続けてきたと話されていましたね。その経験もあっての抜擢だったのだろうと思います。
山村 筆の経験がある方がいいとは思ってくださっていたでしょうけど、書体となると全然別ですね。他には筑紫書体を手伝ったり、入社してすぐの頃はUD書体の記号や欧文を制作したり。そうした仕事の中で、書体制作を少しずつ覚えていきました。
隷書ならではの筆法やエレメント
— そして今回、山村さん自身がデザインした書体「鼎隷書(かなえれいしょ)」のリリースとなりました。隷書体と聞くと、身近なところでは印鑑などに使われているイメージがありますが……隷書の特徴を少し教えてもらいたいです。
山村 文字の研究をしていたわけではないので、調べて知っている範囲のことでしかないのですが、漢字の始まりは甲骨文字からと言われていて、金文を経て出てきたのが篆書体。これも印鑑でよく見る書体ですね。それをもっと手早く書くために生まれたのが隷書体だと言われています。
形の特徴としては、字形が扁平で、楷書のように右上がりになるのではなく横画は水平、縦画は垂直に近い。四角を書くと長方形のようになります。あと、鼎隷書にも取り入れている特徴の一つに「波磔(はたく)」という、波のようにうねった横画や右はらいがあります。
— はたく?
山村 この「石切劔箭神社」だと、「石」の1画目の横画、「社」の最後の画がわかりやすいですね。起筆と終筆が三角形のような形になります。
波磔は、文字を書く対象が石などから木簡(短冊状の細長い木の板)に変わったときに、まっすぐに線を引けなかったために生まれた筆法とも言われていて、それが隷書の魅力に繋がっていったと考えると、歴史を感じさせる大事な点だと思います。
原則として一文字の中に1画しか用いないので、いくつか右はらいや横画がある文字だと、どの画を波磔にするのかを考えるのが難しかったです。
― 隷書ならではのルールを踏襲しているんですね。では、山村さんが制作した鼎隷書についてうかがっていきたいと思います。どんな書体を目指して制作されたのか、コンセプトを聞いてもいいですか?
山村 「ライトな感覚で使える隷書体」をコンセプトに置いていました。一般的な隷書というと、お札などの格式高いところ、より古い歴史を感じさせる場面で使われるような書体です。筆さばきがどろっとしたものが多く、個人的にはちょっと怖いイメージもあります。
新しい隷書を作るなら、もっとカジュアルに使ってもらえる書体にしたい。親しみや気軽さを感じる隷書になったらいいなと思っていました。
メリハリのある形から生まれる凸凹のリズム
― ここからは、鼎隷書のこだわりのポイントを紹介していきたいです。まずはやはり、漢字を中心としたこの独特なフォルムでしょうか。
山村 文字本来の形をより追求してデザインしました。ギリギリまで扁平にしたり、縦の部分は縦にしっかり見せたり、一文字の中でもメリハリをつけることによって、組んだときに独特な凸凹のリズムが生まれます。このリズム感が一番の特徴になっているかなと思います。
— 隷書の特徴で、横画・縦画を水平垂直に書くことが多いという話がありましたが、鼎隷書はぐいっと曲がっているところがあったり、波磔が大胆に入っていたり、ダイナミックな動きを感じます。
山村 それは意識して作っていますね。漢字をデザインするときは、基本となる2〜300字を制作してから、それを基に他の文字へ展開していきます。ですが、はじめに展開したときは、思ったよりも四角にきっちり収まるような形になってしまったんです。それだと均質的な書体になってしまい、コンセプトがずれてしまいます。
そこで、仕上がってきた漢字を一度90パーセント の大きさに縮小して、より伸びやかになるように左右のはらいを広げたり、縦横のメリハリをつけたりして、一文字ずつ調整していきました。
— 調整の前後を比べてみると、強弱がついて、ぐっと動きが出てきているのが分かります。うーん、これは手間のかかった書体ですね。
山村 そうですね(笑)。調整だけで1年かかって、完成まで5年ぐらいかかりました。作り始めた当初は、こんなに大変だとは思っていませんでした。
隷書体のイメージを飛び越えて
山村 仮名の制作は、どの方向に舵を切ったらいいのか、途中ですごく悩みました。
— 中国で生まれた隷書に仮名はありませんから、ゼロから考えないといけませんよね。
山村 本当にその通りで。漢字の雰囲気に合わせて、どんな仮名にしていくかを決めるまではかなり時間がかかりました。
— 作りながらスタイルが変化していったのですか?
山村 はい。初期のサンプルと、完成した書体では結構変わっています。中間段階ではもっとかわいい印象に寄っていた時期もあって、書体デザインディレクターの藤田(重信)さんにも見てもらって、相談していく中で、結果としてこの形になりました。格好いい方向性にまとまったかなと思います。
— 完成版の仮名、力強く書いたような躍動感があってすごくいいと思います。欧文もうねりがあって面白い形です。
山村 欧文は、漢字や仮名のエレメントから外れないような形で、どう動きを出そうかと考えながら作っていました。既存の書体では、カリグラフィーで書かれるカロリンジャン体を参考にしたりしていましたね。
もともと現代的な隷書体にしたいという思いから、従来の隷書のイメージのようにドロッとした筆さばきではなく、切り口が軽やかな平ペン風のエレメントにしていたので、欧文もそれに近い書体に着想を得てデザインしていきました。
— 筆系の書体の中でも、これまでにない、現代的な雰囲気も持っていると感じます。小説の装丁とかタイトルロゴ、食品のパッケージにも合いそうな気が……いろいろなシーンで使ってもらいたいですね。
山村 自分では歴史的なイメージを思い浮かべてしまうのですが、もっと思いもよらないようなところで使ってもらえたら嬉しいです。いままでの「隷書体だったらこういう場面でしか使えない」というイメージを飛び越えて行けたらいいかなと思います。
新書体 鼎隷書が使えるサービス
フォントワークス LETS
今回ご紹介した鼎隷書は、年間定額制のデスクトップフォントの配信サービスでお使いいただけます。新書体のほかに、筑紫書体やUDフォントなど高品位でバラエティ豊かなフォントも提供しています。