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フォントワークス 書体デザイナー座談会[1]グラフィックから書体デザインへ:永尾 仁 × 寺内なつ美


2022年9月現在、フォントワークスでは9名の書体デザイナーが日々、書体制作に取り組んでいます。
そのデザイナーたちを紹介しながら、今考えていることや取り組んでいることをテーマに話してもらう書体デザイナー座談会。第1回は、どちらもグラフィックデザイナーの経歴を持つ今年入社のニューカマー、永尾 仁さんと寺内なつ美さんに、書体デザイナーを目指すきっかけやこれまでの取り組み、今後の展望についてうかがいました。
同じように書体デザイナーを目指す人には、なにか将来へのヒントが掴めるかもしれません。


〈書体デザイナー プロフィール〉
永尾 仁
福岡デザイン専門学校卒業。2022年フォントワークス株式会社入社。
現在築地活版製造所の書体を復刻するプロジェクトにて、「筑地二号明朝」の制作に携わっている。
趣味は本屋さんで本を買ったり、美術館やギャラリーへ行くこと。

寺内なつ美
桑沢デザイン研究所専攻デザイン科卒業。
浅葉克己デザイン室を経て、2022年フォントワークスに入社。
築地活版製造所の明朝体復刻プロジェクトにて筑地二号明朝の制作に携わる。東京TDC、日本タイポグラフィ年鑑などに入賞・入選。趣味はお散歩・美術鑑賞。


グラフィックデザインから、書体デザインの道へ

— 永尾さん、寺内さん、今日はよろしくお願いします! ではまず、2人の好きな書体を教えてください。

永尾 今、ひとつ挙げるなら今年リリースされた「筑紫AMゴシック」。欧文だと「Futura」がすごく好きなんですが、筑紫AMゴシックはFuturaに合うゴシック体として作られたんですよね。

寺内 私も筑紫AMゴシックが好きです。

— 筑紫AMゴシック、社内でも愛されているんですね。

永尾 グラフィックデザイナーたちのなかで筑紫AMゴシックはすごく待ち望んでいた書体。藤田(重信)さんは、今までなかったような書体をずっと開発されていますけど、藤田さんのTwitterで筑紫AMゴシックの制作過程を見ながら、すごくワクワクしていました。

— お二人とも入社前から藤田さんのファンだったんですか?

寺内 フォントワークスに入社したいと思ったのも、藤田さんの作る書体のファンだったからなんです。

永尾 僕は、学生時代に見たNHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」で藤田さんを初めて知って。書体デザイナーという職業があることは知ってたんですけど、藤田さんご自身や書体デザイナーの仕事を深く知れたきっかけになりました。そこからですね。

— お二人はフォントワークス入社前、グラフィックデザイナーとして活動されていました。これまで手がけたものをご紹介いただけますか?

永尾 これは、転職活動しているときに送ったポートフォリオです。書体って面白いなと漠然と思っていた学生時代に、Illustratorでアルファベットの書体から作り始めまして。卒業制作では架空の書体メーカーを設立したという設定で、アート的な要素を含んだ書体見本とインスタレーションを作りました。

永尾 アルファベットをきちんと作ろうとすればすごく奥が深いと思うんですが、当時は1日1書体作っていて、全部で100〜200書体くらいあったと思います。要素がシンプルなのでパズル的な感覚で作っていました。

— 1日1書体! なんだか筋トレみたいですね。

永尾 日によっては、すごく悩むときもあったり。書体の作り方を専門的に勉強したわけじゃなくて、ゲームみたいに作っていました。

— 寺内さんはいかがでしょう?

寺内 学生時代の担任の先生が書体デザインをされていて、指導を受けたことがきっかけで書体を作り始めました。学生時代は趣味で作っていたんですけど、社会人になってからは東京TDCや日本タイポグラフィ年鑑などのコンペに出品していました。これはその時の作品です。

— 働きながら、出品のために書体デザインもされていたんですね。

寺内 そうですね。仕事では自分の実力を試す場面がなかなかない。尊敬するデザイナーの方々が審査するコンペで認められることをひとつの目標にしていました。

書体デザイナーを志したそれぞれのきっかけ

— 書体デザイナーを志したきっかけは?

寺内 専門学校の一年生の終わりぐらいに、オリジナル書体を作って自分の好きな文章を組むという授業があって。そこから文字に触れる機会がどんどん増えて、ふわーっと書体デザイナーなりたいなと思うようになりました。でも、卒業する前に周りからのアドバイスで、「最初にグラフィックデザインの仕事で書体の使い方をいろいろ勉強してから、書体デザイナーになる道もあるんじゃない?」と言われたんです。それで、ゆくゆくは書体デザイナーになりたい気持ちを持ちながら、グラフィックデザイナーになりました。

永尾 書体を作る授業、僕の学生時代にもありましたね。そこでタイポグラフィ苦手だなって思う人と、楽しいなって思う人に分かれる気がします。僕はすごく面白いなと思って、そこから「普段使ってる書体は誰が作ってるんだろう」というのを調べたりするようになりました。
 あと、あるときイギリスの書体デザイナー、マシュー・カーターのTEDの講演「フォントをめぐる私の人生」をテレビで見て、すごくかっこいいなって思ったんです。職業として書体デザイナーを意識したのは、それがきっかけです。

— 書体デザイナーって、採用の機会が限られている狭き門というイメージがあります。お二人はどのように入社されたんでしょうか。

寺内 転職を考えていた時期、周りに書体デザイナーになりたいと言ってたら、友人がフォントワークスの採用募集をTwitterで見つけて教えてくれて。永尾さんは募集をしていない時期に直談判したんですよね?

永尾 そうですね。とにかくメールを送らないと始まらないなと思って、前の会社を辞めるタイミングでフォントワークスのWebサイトにあるお問い合わせフォーム経由で連絡をして、ポートフォリオを見てもらいました。

— 永尾さんは1月から、寺内さんは4月からフォントワークスで働かれています。今取り組んでいるお仕事は?

寺内 私は、東京築地活版製造所の書体を復刻するプロジェクトで、「筑地二号明朝」を先輩方と一緒に作っています。築地体の研究をして、ひたすら文字を起こして先輩にチェックしてもらって、書体の作り方の感覚を体で覚えているところです。

永尾 僕も筑地二号明朝に取り組んでいますが、近々、藤田さんが手がけている書体のお手伝いをする予定です。それとは別に試作書体も作っていて、先日、グラフィックデザイナーの人たちにお披露目して意見をもらう会に初めて参加させていただきました。

— それぞれ主業務以外にも、新書体のアイデアを練られているんですね。それを社外の方々に見てもらう会、ですか?

永尾 直感的にこの書体は使いやすそうだね、使いにくそうだねっていう率直なご意見をいただいたりしています。そこでも経験豊富な先輩たちが作ったものはすごく魅力があるし、細部にも配慮の行き届いた書体になっていると思いました。

看板や若者の手書き文字だって書体のヒントに

— 書体デザインの世界って、自分の書体をデビューさせるまで何年も、とても長い時間がかかりますよね。

永尾 自分の書体を出したいという気持ちはやっぱりあります。

寺内 フォントワークスって誰がその書体を作ったのかがわかるようにリリースしているので、それはありがたいです。いつか自分の書体が完成したら今までお世話になった方に報告したいです。

— ちなみに自分の書体を作るとしたら、今なにかイメージしているものはありますか?

寺内 私はディスプレイ書体をメインで作りたいです。明朝体とかは経験がまだ全然足りないと思うので、今はあんまり踏み込めないな、ハードルが高いなと考えています。

— 永尾さんはご自身のInstagramで、VR空間のために制作されたタイポグラフィを投稿されたりもしていますよね。

永尾さんによる、文字で構成されたVR空間作品「20211127」。さまざまな分野のアーティストが実験的アプローチでXR作品に取り組むプロジェクト「NEWVIEW CYPHER」のために制作された

永尾 文字は印刷されたり表示されたりするものですが、将来的に新しいメディアとの組み合わせでどんどん進化していくんじゃないかなと考えています。もともとモーショングラフィックスがすごく好きですし、まだイメージの段階ですが、いつか書体デザインでもそういうアプローチができたらいいなと思っています。

— 書体を作るうえで、日常生活ではどんなインプットをしていますか?

寺内 手書きの看板って、独自性を感じるのでよく見ています。すごく斬新な筆の動きをしているのを見かけたり。

永尾 看板、面白いですよね。僕もよく写真を撮っています。意外な形を見つけたり、書体の知識を蓄える勉強のなかではあまり得られないような学びがある気がします。

寺内 手書き文字も時代によって、流行がありますよね。例えば、女子高生が独特なかわいい文字を書いたりするじゃないですか。そういう文化を自分も経験したんですが、その時代に合ったかわいさというのがある。実は私、SNSで若い人の手書き文字を観察してまして……。

永尾 へえ!

寺内 やっぱりかわいい文化って不滅。私の世代が中高生の頃には、雑誌「Seventeen」のモデルをされていた桐谷美玲さんの書き文字がかわいいって話題になって、その文字を真似て書くのが流行ってました。

— し、知らなかった……! 昔も丸文字とかギャル文字とか、わざと崩した文字が流行したこと、ありますね。

寺内 授業中にそういう手書き文字のメモを回していました。時代ごとの独自性のある流行りみたいなものが、書き文字のなかにあるのを見ているとすごくワクワクします。若い世代の書き文字を見たり、中国の書道を見たり、いろいろな書き文字を研究しています。

これから書体デザイナーを目指す人たちへ

— 書体デザイナーになって、これまでのグラフィックデザインの仕事をしている時の心持ちとは何か変わりましたか?

永尾 「こういう書体があったらいいな、ないなら自分で作っちゃおう」というのはデザインしている最中に思うので、僕はグラフィックデザイナーの気持ちを持ちながら書体デザインにも向き合っていると思います。

寺内 私は、今まで可読性よりもグラフィックとして面白く見えることを基準に書体を作ってきました。なので、入社後に今まで通りのテンションで試作書体を作るとどうしても読みづらい。可読性を考えるバランス感覚が、今後の自分の課題になりそうです。書体デザイナーとしての感覚を掴むには修行が何年も何十年も待っていると感じます。

— まだ始まったばっかりですもんね。最後に、書体デザイナーを目指す人に向けて、何かアドバイスはありますか?

永尾 漠然と書体デザイナーになりたいと思っているのであれば、手を動かして作って、誰かに見せるのがいいと思います。

寺内 永尾さんが学生時代にやっていた1日1書体はいい方法ですよね。書体を作らない期間があると、やっぱり感覚を忘れちゃう。自分の中で作り続けていてもどうにもならない時もあるから誰かにみせるのもすごくいいと思います。

永尾 僕は、学生の時に東京や京都で行われた書体のカンファレンスに行って、書体デザイナーの人たちに自作の書体を見てもらっていました。同じエレメントで作るんじゃなくて、もっと時間をかけてディテールにも配慮した方がいいよとか、いろいろアドバイスをいただきましたね。今思えば、商品として使える書体を作るために必要なことを指摘してくださったんだなと思います。

寺内 私もよく講演会に行って、登壇している方に話しかけて見ていただいていました。狭い業界だからこそ、真剣に取り組んでいれば詳しく話をしてくれる、快く指導してくださる方が多い感じがします。

— 書体を作るのは、誰かの表現を支えるための道具を作る仕事だなと思うので、自分がいいと思うものであることも大事だし、人が見て使いたいと思えるようなものを作ることも大事。お二人ともこれからの活躍を期待しています。面白いお話をありがとうございました!


(取材・構成:フォントワークスnote編集部/文:足立綾子/撮影:勝村祐紀)

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