歌詞を映像で表現! リリック演出推しフォントをグラフィックデザイナー 玉野ハヅキさんと語る
フォントワークスnote編集部のフォンテーヌです。今日もさまざまな分野で活躍されているデザイナーのみなさんをお迎えして、フォントLOVEなお話を聞かせていただく連載「今月の、フォント推し話!」をお届けします。
日々フォントに注目しているなかで、最近気になっているのが「リリックビデオ」。歌詞を伝えるだけじゃなくて、映像演出のなかで文字がすごく重要な役割を担っているなと感じることが増えてきました。
そこで第2回のゲストにお招きしたのは、アイドルやVTuberのロゴデザイン、ミュージックビデオやリリックビデオなどを多数手がけるグラフィックデザイナー・玉野ハヅキさん! 「歌詞=リリック」を演出する上で推せるフォントってどんなもの? というテーマで、いろいろなフォントを選んでもらいました。
歌詞を表現する、リリックビデオってどんなもの?
フォンテーヌ 今日は玉野さんも手がけられているリリックビデオや、歌詞を使ったライブ演出について、フォントに注目してお話ししていきたいなと思っています。まずは「リリックビデオとはなんぞや?」からお話しいただきたいんですが。
玉野 ミュージックビデオの中でも、歌詞を特徴的に表現しているものをリリックビデオと呼んでいます。文字だけに特化しているものもあれば、イラストと組み合わせた映像もあります。
フォンテーヌ 最近は配信で音楽を聞いたり、新曲もまずはYouTubeで公開されることが多くなったりして、楽曲の歌詞を伝える方法としてリリックビデオが使われていますよね。
玉野 ミュージックビデオとは別にリリックビデオも制作される文化が増えてきているのを感じます。その中で、印象的に文字を見せるフォントの必要性が高まっていると思います。
フォンテーヌ 玉野さんはロゴやグラフィックを作られるとき、一から文字をデザインされることも多いですよね。でもリリックビデオの場合、すべての文字をデザインするのは大変ですし、フォント選びが大切になってくるのかなと思います。
玉野 はい。それに、全てオリジナルの書体で歌詞を表示してしまうと、映像を見る人がどこを注視すればいいのかわからなくなってしまうのではとも思います。全ての文字にインパクトがあると、逆に言葉の印象が薄まってしまうので、フォントを使って効果的に伝えることが重要です。
歌詞が持つ情緒を表現できる明朝体「筑紫Aオールド明朝」
フォンテーヌ 今回は事前に「リリックビデオで推せるフォント」を玉野さんに選んでいただきました。まずは「筑紫明朝、筑紫Aオールド明朝、筑紫Q明朝」など筑紫書体シリーズの明朝体を挙げてくださいましたが、これはどんな理由でしょうか?
玉野 私は、歌詞は作詞家さんが作った美しいものだと思っているので、書体やデザインの力でその美しさを伝えたいなと思っています。その時に、筑紫書体シリーズがイメージに合うことが多いです。特に激しい曲よりは静かな楽曲を担当することが多いので、淡々と歌詞を伝えるフォントを選ぶ際に、筑紫書体シリーズの明朝体がしっくりくる感覚があります。
フォンテーヌ 楽曲の情緒を書体からも感じられる……?
玉野 そうですね。筑紫Aオールド明朝は、歌詞の中でもパンチラインとなる、大きく見せたい言葉に太いウェイトで使用するとガツンと迫力が出ます。一方で、背景のイラストをきちんと見せたい場合には、細いウェイトで使うと相性がいいです。
今月のフォント1「筑紫Aオールド明朝」
フォンテーヌ 筑紫Aオールド明朝はミュージックビデオや楽曲のアートワークでもよく見かけますし、音楽分野で人気があるのを感じます。のびやかさがあって、細いウェイトはシャープさや緊張感も表現できますね。
玉野 触れると切れてしまいそうなソリッドさがあるので、場面をキリッと引き締めたいときに使用しています。例えば、バーチャルシンガーの理芽さんとのお仕事でライブ演出のリリックデザインを担当したのですが、『ピルグリム』という楽曲で筑紫Aオールド明朝を使用しています。シンプルで淡々とした雰囲気の場面に使うこともあれば、パンチラインを大きく見せる時にも使用していて、シャープな感じが出せます。
玉野 あと、筑紫Aオールド明朝のソリッドな魅力を生かしつつ、ウェットな雰囲気を出したい場合もあって、そのときはAdobe Illustratorのオフセット機能を使って、擬似的に「墨だまり」のような表現を加えたりもします。
ボーカロイドで楽曲制作を行うじんさんの楽曲『消えろ』のミュージックビデオ(リンク先はじんさん本人の歌唱バージョン)では、ひりっとした緊張感を持たせながら、同時にドロっとした感じを表現したい場面で、この墨だまりを使用しています。
言葉が目に残る、特徴的なかたち「筑紫Q明朝」
フォンテーヌ 理芽さんの『ピルグリム』のライブ演出では、筑紫Q明朝も印象的に使われていますね。
今月のフォント2「筑紫Q明朝」
玉野 筑紫Q明朝を使ったのはこのときが初めてで、ずっと使ってみたかった書体でした。理芽さんは不思議な歌詞が特徴で、『ピルグリム』も頭に残る言葉が多く、楽曲タイトルにそのまま筑紫Q明朝を使っています。イントロなしで「手放した風船のように 人工の空で浮かぶ夢を見た」という歌い出しから入る楽曲で、冒頭から気になる単語を効果的に見せたいなと思い、デザイン書体だとイメージとは違うと感じたので、筑紫Q明朝をチョイスしています。
フォンテーヌ 印象に残る書体を求められていたんですか?
玉野 そうですね。これはライブ演出の映像なので、ステージ上の理芽さんにかぶらないようにしながら、後方の観客にもちゃんと文字が見えて、言葉がキャッチーに伝わることを意識しました。映像の中で歌詞は一瞬しか映らないので、文字は大きく目立つようにして、歌詞の雰囲気を感じさせる不思議な形の書体がいいなと。
このときは、特に筑紫Q明朝の「ふ」が気に入って選びました。地に足がついていながら、ちょっとふわふわした感じもあるバランスが素敵だなと思って。
フォンテーヌ 紙媒体でQ明朝を使う場合は、筆の動きのダイナミズムにフォーカスされやすいと思いますが、映像だとこんな使い方になるんだなって新鮮でした。
玉野 ちょっとアナログっぽさを出したかったというのもあるかなとも思います。紙の本で読む小説のような感覚が歌詞にあるので、淡々と言葉が紡がれるような表現をしたかったことが、Q明朝に惹かれた理由かもしれないです。
フォンテーヌ ひらがなやカタカナにクセがある書体なので、いい意味での違和感が出るのかも。タイトルの縦組みも、そのままなのに印象的です。
玉野 これはパシッと決まりすぎて、「これで行こう!」となりました(笑)。普段はタイトルだけ自分で作字することが多いので、このまま触らないでおこうと思ったのははじめてかもしれないです。「ル」「グ」が最高に決まっていて、特に「ル」の形はすごすぎて震えました。
フォンテーヌ 筑紫Q明朝の縦組みって、こんなにかっこいいんだ! と思いました。筑紫書体シリーズの明朝体、いろいろありますが使い分けるポイントはありますか?
玉野 私の場合ですが、強調したい単語には筑紫Aオールド明朝や筑紫Q明朝のような、形が目に残る書体を使っています。単語の間をつなぐ言葉には筑紫明朝を混ぜて使うことも。ファミリーを揃えることで雰囲気が統一されますし、筑紫明朝は映像の中で変に引っかかることなく、スムーズに見てほしい時にしっくりくる書体です。
縦長のゴシック体にあるデジタル感「UD角ゴ_コンデンス」
フォンテーヌ 続けて、同じく玉野さんがセレクトしてくださった推しフォント「UD角ゴ_コンデンス」についてお聞きしたいです。この書体は可読性や視認性、判別性を重視して開発されたUD(ユニバーサルデザイン)書体であり、幅を狭めた長体(コンデンス書体)としてデザインされています。パッケージなどの限られたスペースで文字を表示するために使われることが多い書体なので、正直、意外なセレクトでした。
今月のフォント3「UD角ゴ_コンデンス 60/70/80」
玉野 これまでスタメンのフォントではなかったんですが、今年に入ってから頻繁に使うようになりました。映像の中だとゴシック体は文字として“存在しすぎている”と感じる場合があって、リリックビデオの中であまり文字に引っかからずに見てほしいとき、コンデンス書体にするとしっくりくることがあります。
縦長でシャープな抜け感もあるので、理芽さんの『ピルグリム』のライブ演出でも一部にUD角ゴ_コンデンス60や70を使っています。バーチャルシンガーという活動形態のデジタルっぽさを表現したくて、長体がかかっていることによるシャープさが合うなと思ったんです。
フォンテーヌ デジタルのニュアンスをコンデンス体に感じるということですね。UD書体は主に可読性や判読性を重視してデザインされていますが、それだけではない、新しい使い方を発見しているようで面白いです。
玉野 他にバーチャルシンガー・存流(ある)さんの楽曲『まってるよ』のミュージックビデオでも使用しています。映像ではカラフルな文字やイラスト、グラフィックといったオブジェクトがたくさん出てくる一方で、楽曲自体はしっとりしていて、可愛い声で聞かせるタイプのシンガーなので、メリハリをつけてストレートに言葉を伝えたいと思い、サビの歌詞にUD角ゴ_コンデンス80を使っています。
玉野 サビのキーになる単語はコンデンス書体で、それ以外の小さな文字は「筑紫ゴシック」です。言葉が目に入るのは数秒ですけど、単語がちゃんとわかって、それでいてイラストの邪魔はしたくないと思ったときにぴったりなフォントだなと。
フォンテーヌ なるほど。リリックビデオでは通常のテロップとは違う速度で文字が通り過ぎていくので、目にすっと入ってくる書体としてUD書体の読みやすさはメリットになりますね。
青春っぽいかわいらしさが伝わる「てんとう虫」
フォンテーヌ 最後に、これから使ってみたい推しフォントとして、去年リリースされたデザイン書体「てんとう虫」を挙げてくださいました。サインペンで書いたような、手書き風のキュートな書体ですよね! どんなリリックビデオに使えそうなイメージですか?
今月のフォント4「てんとう虫」
玉野 かわいらしいラブソングとか、青春っぽい、女の子が歌っているような楽曲に合うと思います。歌い手の言葉が伝わりそうだなって。かっこよくて、おしゃれなイメージのものが多い手書き書体の中で、てんとう虫はとにかくかわいい。丸すぎないかたちも絶妙です。
フォンテーヌ 素朴でほどよく上品な感じもあるなって思います。
玉野 私はアイドルの方とのお仕事もよくするので、楽曲と相性バッチリだろうなって。あと、漢字がたくさん揃っているのはシンプルに嬉しいです。
フォンテーヌ たしかに、デザイン書体はどうしても文字数が限られる場合がありますもんね。手書き風フォントは足りない文字を作るの難しいだろうなと思います。
玉野 字幕みたいな使い方で、固定の位置に入っているだけでも雰囲気が伝わるリリックビデオになると思います。大胆に使っても、控えめな使い方でもアクセントになりそうな書体です。
フォンテーヌ 最後に、最近動画の中で文字を使う演出が増えてきている現状について、玉野さんはどう感じていますか?
玉野 以前、自主制作で星野源さんの『うちで踊ろう』のリリックビデオを映像作家のHiromu Okaさんと一緒に作ったことがあったんですが、耳が聞こえない方から、「文字の動きや演出で、どんな雰囲気の歌なのかがわかって面白かったです」とリプライが来たことがあって。そういう役割もあるんだなと気づくことができました。
フォンテーヌ 文字の形に動きが加わることで、歌のリズムや雰囲気も伝えることができるんですね。歌詞をもとにしたライブ演出やリリックビデオをはじめ、映像表現の中での文字の役割、どんどん広がってきていると思います。フォントメーカーとしても、もっと自由に、自在に書体選びをしていただけるように開発や情報発信を頑張っていきたいと思いました。玉野さん、今日はありがとうございました!
(構成:フォントワークスnote編集部/文:堀合俊博)
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