VRゲームのフォント選び 「DYSCHRONIA: Chronos Alternate」のフォントを、デザイナー 山中 慶さんと語る
こんにちは、フォントワークスnote編集部のフォンテーヌです。さまざまなデザイナーの皆さんと、フォントLOVEなお話をお届けする「今月の、フォント推し話!」
今回は「新たなシーンのフォント選びについて知りたい!」と、VRゲーム「DYSCHRONIA: Chronos Alternate」のデザインチームからデザイナーの山中 慶さんにお越しいただきました。
ヘッドマウントディスプレイを装着してプレイするVRゲーム。操作メニューやキャラクターとの会話が視界に浮かび上がるような体験の中で、フォントはどのように選ばれているのか。また、ゲーム内の体験だけでなく、ゲームの世界観を魅力的にプロモーションするためのフォント選びについても聞いてみました!
「ディスクロニア:CA」のゲーム体験とUIデザインチーム
フォンテーヌ 今日は9月に第1章が発売された「DYSCHRONIA:Chronos Alternate(以下、ディスクロニア:CA)」で使用されているフォントを中心に、VRゲームとフォントの関係について聞いていきたいなと思います。まずは、どんなゲームなのか教えていただけますか?
山中 「ディスクロニア:CA」は、VRゲームの開発・パブリッシングを行うMyDearestが発売している「クロノスシリーズ」の3作目です。現代文明が滅んだ後のシェルター内に造られた都市を舞台に、プレイヤーが主人公となって、とある殺人事件を解決するための捜査をしていきます。
フォンテーヌ 主人公がサイコメトリー能力を持つ特別監察官なんですね。1作目の「東京クロノス」から、2作目の「ALTDEUS: Beyond Chronos」、そして本作と、共通する世界観がありながら作品ごとに新しいゲーム体験ができるのが魅力かなと思います。
山中 はい。作品ごとに数百年単位で舞台設定を変えることでストーリーをリセットして、まったく違うジャンルのゲームになるようにあえて意識しています。
フォンテーヌ ずっと興味はあるんですけど……VRゲーム、まだプレイしたことはないんです。ヘッドマンドディスプレイとコントローラー(Meta Quest 2)を身につけて、身体を動かしてプレイするんでしょうか?
山中 そうですね。特に「ディスクロニア:CA」は、襲ってくる敵から身を隠したり、裁判のシーンではプレイヤーが集めた証拠を手で示しながら展開したり、実際に身体を動かしながらプレイします。ゲーム内は常に主観視点なので、プレイヤーは本当に自分が動いているように感じると思います。
フォンテーヌ VRゲームに親しみがない人にとっては衝撃的な体験になりそうです。UI(メニューや操作のためのグラフィック要素)はどのようなチーム編成でデザインされているんですか?
山中 ゲーム内全般のUIは、3名のチームで制作しています。まず、デザインチーム・雷雷公社で活動されているカトウさんが、アートディレクターとして全体のトーン&マナーやフォントの方向性を決めます。メインのUIデザインと体験設計をUIアーティストの本山愛子さんが手がけていて、僕は一部のUIデザインや国内外の展開を視野に入れたフォントの提案をするのが仕事です。フォントを提案するときは、ゲームで使用できるかどうかのライセンスチェックも行います。
フォンテーヌ かなりコンパクトなチームで制作されているんですね。ゲーム内で表示される文字について、VRゲームならではのフォント選びのポイントというか、他のメディアをデザインするときと異なるところはありますか?
山中 VRゲームには、フォントの輪郭が滲んでしまうという弱点があるんです。ユーザーはヘッドマウントディスプレイを着けてプレイするので、目とモニターまでの距離が5cmもない状態になります。そうすると、ウエイトが太いフォントや、“ふところ”の狭い文字だと、モニターの光によってにじんでしまう場合があって……。今後、より良いディスプレイが出てきて解決するかもしれませんが、今はそういった弱点があります。
フォンテーヌ なるほど。見え方にかなり配慮が必要なんですね。
山中 フォントを決めるときも、実機で見え方を検証します。「ディスクロニア:CA」は現在、VRヘッドセットの「Meta Quest 2」に対応していますが(※1)、いろいろなヘッドセットに対応していたり、複数のプラットフォームで展開するゲームの場合はデバイスによって見え方が違うため、それぞれしっかり確認してから決める必要があります。
VRゲームの“視界”を配慮した「UD角ゴ_スモール」
フォンテーヌ 「ディスクロニア:CA」で使われているフォントについておうかがいしたいです。会話シーンの字幕には「筑紫ゴシック」が、日本語メニューのUIには「UD角ゴ_スモール」が使用されていますね。
先ほどのVRゲームならではの事情も踏まえて、今回はUD角ゴ_スモールに注目したいのですが、このフォントを選ばれた理由は?
今月のフォント1「UD角ゴ_スモール」
山中 「UD角ゴ」シリーズは、文字がにじみやすいVRゲームにおいて、群を抜いて視認性が高いフォントだというのが大きな理由です。本山さんも僕も、これまで何作かVRゲームのUIをデザインしているので「UDフォントがいいよね」という共通認識がありました。
もともとUDフォントは視認性や可読性を意識してデザインされていますが、UD角ゴ_スモールのふところの広さや読みやすさは、長時間目に触れる文字として優秀だなと思っています。
フォンテーヌ 具体的には、操作説明やパネルのボタン、メニューの文字など、日本語で情報を表示する部分がUD角ゴ_スモールで統一されていますね。見出し向きの「UD角ゴ_ラージ」と比べると長文向きの設計なので、説明テキストにもぴったりだと思いました。
山中 VRにおけるUIの特徴は他にもあって、一部のUIにおいては表示されるパネルやウィンドウが「プレイヤーの頭の動きに追従する」という点があります。読みづらいなと思っても、パネルに近づいたり離れたりすることができないので、自ずと文字の最小サイズが決まってしまうんですね。ある程度小さくしても可読性の高さが保てるフォントを選ぶのが重要になってきます。
フォンテーヌ ふむふむ、VRの体験に合わせたデザインが必要だというのが理解できてきました。山中さんが個人的にUD角ゴ_スモールに魅力を感じるところって、ありますか?
山中 長文でもスムーズに読めるところでしょうか。一方で、大きく表示しても“何もしていない”感がないのもいいところです。動的な文字にはエフェクトなどがかけられない場合もあるため、サイズによってはデザインされていない感じが出すぎてしまうのですが、UD角ゴの場合はそういったことがなく、バランスがいい書体だと思います。
フォンテーヌ 私はいつも「形が面白い」とかに注目してしまうんですけど、大きくしても小さくしてもバランスが取れるというのは、使う人ならではの視点ですね。ちなみに、UD角ゴで好きな文字とかは……。
山中 画数が多い文字が特にいいなと思います。「ディスクロニア:CA」ではストーリー上「犯罪」という文字をたくさん使うんですが(笑)、この「罪」とか。小さなサイズでもきれいですし、見出しに使用してもインパクトがあります。
未来×アールデコな世界観を「筑紫アンティークL明朝」で表現
フォンテーヌ VRゲームをプレイしたことがない私でも、「ディスクロニア:CA」はWebサイトや宣伝ビジュアルからゲームの世界観が伝わってきて、とても面白そうだと思いました。そうしたゲームの外のデザインはどのように制作されているのでしょうか。
山中 「ディスクロニア:CA」のプロモーションチームでは、僕がクリエイティブディレクターとして全般に関わっています。Webでの展開や紙媒体、動画などの企画や、広告としての見せ方をディレクションしていき、自分自身でもデザインしています。
制作体制としては、MyDearestの村山 希さんが広告のメインデザイナーをされていて、 “なんでもクリエイター”として活動されているBUSSANに、さまざまなコンテンツ企画を立ててもらっています。また、グッズを中心としたデザインはHolo Designの米岡輝美さんが手がけてくれていて、計4名のチームで取り組んでいます。
フォンテーヌ ゲーム内のデザインとは別に、プロモーションのチームがあるんですね。実は「ディスクロニア:CA」のWebサイトを隅々まで拝見したのには一つ理由がありまして、「筑紫アンティークL明朝」がとても印象的に使われていたからなんです。このフォントを選ばれたポイントは?
今月のフォント2「筑紫アンティークL明朝」
山中 「ディスクロニア:CA」の世界観には「未来とアールデコの掛け算」というテーマがあるので、未来感のあるUIと、それと対比するようなアールデコっぽい紋章やグラフィックを組み合わせています。書体においても、シャープなゴシック体に対して、クラシックで情緒感たっぷりな書体を取り入れたいねとチームで話していて、最終的に米岡さんが提案してくれたフォントが筑紫アンティークL明朝でした。
フォンテーヌ SFな世界とクラシカルな装飾の融合、筑紫アンティークL明朝が不思議なほどマッチしているなと思いました。このフォントの魅力はどんなところでしょうか。
山中 先ほど申し上げた情緒感はもちろん、縦組と横組、どちらも美しいことがありますね。基本的にWebサイトでは横組みで使用しますが、広告などのグラフィックには縦組で使用することもあるので、どちらも美しく組めるのは、統一した世界観を伝えるフォントとして魅力的だと思います。
フォンテーヌ Webサイトの他にも、Tシャツやグッズが封入された豪華な先行体験キットなど、アナログなプロモーションツールをたくさん作られています。ゲームの外側の体験づくりとして、ここまでアナログなものにこだわる理由は?
山中 もともとクロノスシリーズは、MyDearestの「VRムーブメントを巻き起こす」という使命のもと、1作目の「東京クロノス」から最新作までクラウドファンディングで支援を募って制作してきた経緯があります。そのため、支援してくれた皆さん(制作共犯者と呼んでいます)へのリターンとして、ゲーム開発と同時にグッズやノベルティを制作するのが恒例になっているんです。
オフラインイベントも積極的に開催していて、ゲームの中と現実を地続きにすることで、作品のことを忘れないでいてもらうようなプロモーション展開を大事にしていますね。
一貫したイメージを世界中で展開するためのフォントライセンス
フォンテーヌ 「ディスクロニア:CA」の表示言語は、日本語だけではなく英語・繁体字・簡体字・韓国語・フランス語・スペイン語にも対応していますよね。日本語には「フォントワークス LETS」を「アプリ・ゲーム組込オプション(※3)」と組み合わせて使われていると思いますが、それ以外の言語も「LETS(※2)」で実装されているのでしょうか?
山中 はい。日本語以外の書体は繁体字・簡体字を除いて「Monotype LETS」を導入していて、欧文書体だと主に Copperplate Gothic や Neue Helvetica を使用しています。Monotype LETSを使用すれば、ゲーム内とWebやSNSなどのデジタルでの展開、グッズなどフィジカルな印刷物においても同じ書体が使えますよね。世界中に展開する上でも、一気通貫したイメージづくりができるのはありがたいです。
フォンテーヌ LETSは許諾内容の分かりやすさにこだわっているのもあって、たくさんのアプリやゲームで使っていただいているのですが、2017年にMonotype LETSが加わって、さらに豊富な欧文・多言語フォントが提供できるようになりました。ゲームは多言語展開を前提とされていることも多いと思うので、お役に立っているのを聞けて嬉しいです。
最後に、今後のゲーム制作で、あると便利だなと思うフォントやサービスがあればお聞かせいただけますか?
山中 そうですね。いろいろありますが、VRで使用できるバリアブルフォントがあるととても便利です。ゲームでは容量の問題から複数のウエイトを使うことができない場面が多いので、バリアブルフォントのように、文字の見やすさに合わせた微妙な調整ができるフォントがあると、ゲーム制作に有利だと思います。
フォンテーヌ 今日はVRゲームの制作現場ならではのデザイン事情をたくさん聞くことができて、勉強になりました。社内でも今日のお話をシェアしていきたいと思います。ありがとうございました!
(構成:フォントワークスnote編集部/文:堀合俊博)
記事に登場したフォントサービス
フォントワークス LETS
フォントワークスの筑紫書体、UDフォントなどをはじめ、複数メーカーの高品位でバラエティ豊かなフォントを年間定額制のLETSで提供しています。日本語のほか、ハングル、簡体字、繁体字、タイ語、ヘブライ語などの各種フォントが含まれています。
Monotype LETS
Monotype株式会社が提供しているフォントライブラリーから、Helvetica®、Frutiger®、Optima®など世界的に知られる書体を含む、およそ9,000書体の欧文・多言語フォントを年間定額制のLETSでご利用いただけます。