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文字のひとがらを体験しよう ― 中学生に伝えたいフォントの授業

フォントワークスは常日頃から、文字やフォントの魅力を多くの人に知ってもらいたいという想いをもっています。そのような背景から、青山学院中等部の国語科教員 達富悠介先生とフォントワークスの交流が始まりました。

青山学院中等部には、中学3年生を対象として選択授業が開講されています。達富先生は文字について提案的な授業をされており、選択授業「美文字」では文字を書く楽しさや奥深さを生徒たちに知ってもらうことを目指して、硬筆の学習や文字の歴史・文化など多面的に文字に触れる授業を行っています。
そしてこの度、書体デザイナー中村勇弥が特別講師として教壇に立つ機会をいただきました。
今回のnoteは中村より、当日の授業のレポートをお届けいたします!


〈書体デザイナー プロフィール〉
中村勇弥
早稲田大学文学部卒業。2020年フォントワークスに入社。築地活版製造所の明朝体復刻プロジェクトを通して絶賛修業中。かつて中学生でした。

こんにちは。
フォントワークス書体デザイナー、絶賛修業中の中村です。
ふだんは福岡のオフィスで新書体「筑地二号明朝」の制作にメンバーとともに取り組んでいます。
就職して3年めになるのですが、じつは先日、生まれてはじめて中学生のみなさんの前でお話しする機会をいただきました。
なんでも、呼んでいただいた青山学院中等部には、「美文字」という選択授業があるらしいのです。
文字に興味をもち、さまざまな角度から文字に親しんでいる20余名の生徒たちに、フォントの話をしてくれないか――達富先生からのご依頼に、願ってもない機会だと飛んでいきました。


いざ「美文字」の教室へ

生徒のみなさんは全員中学3年生。僕とはだいたい10歳離れています。東京国立博物館のような大階段を上り、教室に入ってすぐ、生徒さんたちの弾ける生命力に目眩がしました。
達富先生は生徒さんたちとの距離が近いようで、いつもよりちょっとおカタめの服装に身を包んだ先生に、みんながわっと集まって、いろいろと冗談を言いあっていました。
10年前、自分もこんなだったかなあ。自然に笑みがこぼれます。
同じ15歳だったころ、僕はある小説を読んでいて「筑紫明朝」に気がつきました。ウェイトはLでした。



なんだ、この文字は……ひとつひとつの文字に宿る、この気持ちよさはなんなんだ。たまたま、その本は親切に本文使用書体としてフォント名を書いてくれていました。だから、幸いにも当時の僕は、図書館のパソコンを借りて筑紫明朝を検索することができました。そこでフォントワークスを知り、フォントは人がつくっていることを知って、自分も書体デザイナーになりたいと決意し、いまに至ります。
青山学院中等部の生徒のみなさんには、そんな話から始めました。



「もじをまねる」ワークショップ

ゲスト授業のメインは、ひとの文字をまねてみるワークショップです。
達富先生のご協力で、前週に宿題を出していました。自分以外のだれかに「ありがとう」の5文字を書いてきてもらうことと、その「ありがとう」そっくりに自分でも書いてみること。
そっくりに書く、といっても、どうしても自分のくせが混じります。やってみるとわかりますが、けっこう、かなりの具合、自分の字です。自分の手を通して書くと、おのずと自分そのものが滲み出てきます。それでもまねてもらいます。



僕はひとの文字をまねるのが昔から好きです。まねようと思わなくても、すてきに感じた字がうつってしまうのです。文字をまねる、とは他人のひとがらをまねるということかもしれない、といつも思います。自分でないものになるのは、どきどきしますね。
――そんなことまで伝わっているかはわかりませんが、みなさん、宿題をやってきてくれました。だれに書いてもらったんだろう、と、ひそかに楽しみにしていました。

ワークショップでは、宿題で取り組んでもらった「ありがとう」につづく、「ございます」を書いてもらいます。「ありがとう」にはお手本があったわけですが、「ございます」にはありません。「ありがとう」の文字がもっているひとがらを、「ございます」で再現してみようという挑戦です。これが、難しくも、おもしろい試みでした。

時間の都合で、2人分だけ、「ありがとう」と「ございます」をスクリーンに映してみんなで検討しました。書画カメラをお借りしたのですが、懐かしいですね、書画カメラ。学校にはたしかにありました。でもそれ以外で見たことがありません。




文字のひとがらを読み解く

1つめの「ありがとう」「ございます」を映し出し、書いてきてくれたのとは別の生徒さんに、どんなひとの字だと思うか訊いてみました。



明るい感じのひと、というお答え。「う」のダイナミックさと「が」の右肩の上がりかたに、それを強く感じたそうです。鋭い視点です。
ちなみに「ございます」の出来について尋ねたところ、「きれいだけど『す』をもう少し大きくしたほうが『ありがとう』に近いと思う」。唸らされました。文字の印象は形だけでなく大きさも重要なんですね。
実際の、「ありがとう」の文字の主は、体育の先生でした。まちがいなく明るい先生のようで、お名前を読み上げた瞬間笑いが起きたところをみると、人気者です。人気者の字。大小のばらついた元気な字だけど、骨格は意外にスッとしています。そういうところに、さばさばとした空気をまとっているのかもしれません。
まねするときに難しかったのは、やはり「が」の右肩。カクッとしているのがふだんの自分の丸い字と全然ちがって苦労したそうです。

次に映したのはこんな文字。



先に種明かしをしてしまうと、これは生徒さんの、ブルガリア人のお父さまの字で、大人になってから日本語を勉強された方でした。
ブルガリア語ってどんな文字なんだろう。その場で調べてみると、こんなふうです。



なんとキリル文字です。英語のアルファベットにもいえることですが、「y」などにみられる下に飛び出る部分(ディセンダー)の影響が、もしかしたらぐっと下がっているこの「り」に出ているのかもしれない……そんなことを考えました。
母国語が日本語でない方ならではの、自由度の高い文字だと思います。とくに、この「あ」の、中心からすこし右上にずれた辺りに引力を感じる形、気持ちがいいなあと思います。楽しくて、家族を居心地よく包みこんでくれるようなひとなのではないかと、僭越ながら想像しました。

最後に『フォントかるた』のアイデアを拝借して、「ありがとう」といろいろなフォントで画面に映し、同じフォントで「ございます」と書かれた札をとるゲームをしました。
それぞれのフォントが、どんなふうにして「ありがとう」と「ございます」のひとがらを同じにしているのか、体感してもらえたのではないかと思います。



各グループ1位の生徒さんには、フォントワークスギフトセットをプレゼントしました。教室中に「いいなあ」という声が響き渡ります。
それから、生徒のみなさんに最新のフォントワークス書体見本帖をお贈りして、楽しい45分間が幕を閉じました。


おわりに

達富先生からのご提案でスタートしたこの機会。中学生の感性に触れられるチャンスなんて、そうそういただけるものではありません。個人的にも非常にわくわくしていました。当日は「緊張するなあ」というひと言から始まってしまいましたが、生徒のみなさんの期待以上の溌剌さと温かさと、文字に前のめりな達富先生に助けられ、なんとか無事やりとげることができました。ありがとうございました。
授業を通して、文字のひとがらについて、自分でも考えが深まったような気がします。中学生のみなさんには教えてもらうことがたくさんありました。今後の書体制作や、もしかすると次のこのような機会に、ぐんぐん活かしていきたいと思います。

青山学院中等部のHPでもご紹介いただきました!
こちらにもたくさん写真を載せていただいています。ぜひご覧ください。


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