書籍『気持ちを表すことばの辞典』のデザインに見る、フォントのワザの魅せどころ!
魅力的なデザイン事例から、フォントの使い方のコツを学ぶ連載「フォントのワザの魅せどころ!」。今回は、ナツメ社から出版されている『気持ちを表すことばの辞典』のタイトルと見出し語の文字を紹介します。
表紙のタイトルには「筑紫ANA丸ゴL」、そして本に登場するさまざまな“気持ち”を表す見出し語には「筑紫B丸ゴシック」。いずれも標準的な丸ゴシック体とは一線を画す、温かみのある丸みを持った味わい深い書体です。
どのような思いで本書が企画されたのか、それが書体のセレクトやデザインにどのように反映されたのかを、編集を担当されたナツメ出版企画の梅津愛美さんと、デザイナーの林 真さんに聞いてみました。
感情を表す豊かなことばの奥深さを、もっと知りたい
喜怒哀楽といいますが、その中の“喜び”の表現だけでも、歓喜や狂気、有頂天、あるいは天にも昇る気持ちだったり……日本語にはたくさんの表現があります。『気持ちを表すことばの辞典』は、そんな感情にまつわるさまざまなことばを収録し、素敵な挿絵とともに分かりやすく紹介した一冊。編集の梅津さんによると、企画のきっかけは個人的な体験が発端だったといいます。
「きっかけは、好きなアーティストの歌詞や小説に出てくることばの意味がわからず調べているうちに、感情を表すことばの豊富さや奥深さに触れ、もっと知りたいと思ったからです。学研さんの『ことば選び辞典』シリーズが好評でしたし、ことばへの関心が高いと感じていたこともあり企画を考えました」(梅津)
本書はことばの本でありながら、挿絵がたくさん織り込まれていて親しみやすい雰囲気。「“辞典”と聞くと堅い印象がありますし、収録語数も多くボリュームのある一冊ですが、気軽に読んでもらえる本にしたいと考えていました。聞き慣れないことばや少し堅い表現もあるので、デザインやイラストでやわらかい雰囲気にできたらと思い、林さんに相談しました」と梅津さん。
イラストを用いた理由はもう一つ。表現に携わるクリエイターにもぜひ読んでもらいたいと考えて企画されたそうで、「雰囲気のある挿絵からも想像力を膨らませてもらえたら」という編集にあたっての思いが反映されています。
読者の感覚に訴える独特なフォルム「筑紫ANA丸ゴL」
編集の梅津さんの思いを受けて、デザインに取り組まれた林さんは「気持ち(感情)という見えないもの、曖昧なものを読者に感覚的に捉えてもらえるような表現を心がけました」とのこと。その切り口とされた要素が、以下の3つです。
曲線的 = タイトルやノンブルの曲線的な文字組やフォントで柔らかな印象に
流動的 = 組み換えやすい4段組みで、変化のあるレイアウト展開を
抽象的 = 気持ち(感情)を抽象表現した図案をアクセントに
これらを踏まえて、タイトルに選ばれた書体は「筑紫ANA丸ゴ」。林さん曰く、「タイトルの筑紫ANA丸ゴは、曲線的で線幅に微妙な強弱があり、フォルムにも独特のクセがあります。上記3つのポイントを表現する上で、一番イメージに近いフォントでした」。
さらにタイトルをよく見ると、フォントそのままの形ではなく、ウェイトを全体的にほっそりさせ、うねりが強い部分を優しく抑えるなど、さりげない調整が加えられています。
「例えば“嬉しい”という気持ちを表現するにも、驚くほど多様なことばがあり、それぞれの意味には微妙な差異があります。繊細で動的なフォルムの筑紫ANA丸ゴをベースに、ウェイトやクセを少し抑制することで、そのニュアンスを表現できればと考えました。白黒はっきりしない気持ちが混じり合った様子を、ブルーグレーのタイトルカラーに落とし込んでいます」(林)
変化する気持ちのありさまを伝える「筑紫B丸ゴシック」
また、本文で紹介されるさまざまな「ことば」、その見出し語には「筑紫B丸ゴシック」が用いられています。筑紫B丸ゴシックは、独特な丸みを持つ筑紫ANA丸ゴLと比べると見慣れた感じのする書体ですが、やはり丸ゴシック体には珍しく、手書きのような躍動感があるオールドスタイルな骨格が意識されています。
書籍の本文で用いられることが多いのは、やはり明朝体やゴシック体。見出し語に筑紫B丸ゴシックが選ばれた理由を林さんに聞いてみると、「個人的な感覚かもしれませんが、気持ち(感情)ということばから想起するのは、環境や状況によって変化するスライムのようなゲル状の物体です。そのイメージに近しいフォントとして、筑紫B丸ゴシックをセレクトしています」という興味深いお答えが。変幻自在な私たちの気持ちを表していたんですね。
「本文のポイントは、前述の『曲線的・流動的・抽象的』を切り口にした表現です。見やすさを大切にしつつも、揃えすぎないこと、固定しないことで、動きのある誌面にすることを心がけています」(林)
ことばを学ぶだけでなく、自分の実感と照らし合わせて「あるある」と思いながら読むも楽しい一冊です。最後に、「フォントのことも知りたいけど、この本にも興味が湧いてきたぞ」という方へ、編集の梅津さんからのメッセージをお届けします!
「本書には1,093語を収録しているので、ページをパラパラめくりながら、気になることばや好みの挿絵から引き読みしていただけます。ことばを知ることで、表現の引き出しを増やす一助になれば幸いです」(梅津)
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