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小説『かがみの孤城』の装丁に見る、フォントのワザの魅せどころ!

魅力的なデザイン事例から、フォントの使い方のコツを学ぶ連載「フォントのワザの魅せどころ!」。今回は、辻村深月さんのベストセラー小説『かがみの孤城』の装丁とタイトルロゴを紹介します。
 
2017年の単行本(ハードカバー版)発売以降、文庫や児童文庫(キミノベル版)、コミカライズに舞台化、劇場アニメにもなり、子どもから大人までたくさんの人々に愛されてきた本作。その原点となった単行本のタイトルに使用されている書体は「筑紫Aオールド明朝」と「筑紫Cオールド明朝」です。

割れたガラスのような印象的なタイトルロゴに、読者を物語の世界へいざなう装画と装丁。デザインに込められた思いや背景について、next door designの岡本歌織さんに詳しくうかがいました。

小説『かがみの孤城』辻村深月(ポプラ社)
使用フォント:
筑紫Aオールド明朝筑紫Cオールド明朝(タイトルロゴ)
デザインした人:岡本歌織[next door design]


鏡の世界でつながる、生きづらさを抱えた子どもたち

2022年12月に劇場アニメの上映がスタートし、さらに多くの人々へ感動を届けている『かがみの孤城』。物語の主役は、主人公のこころをはじめ、学校でうまく居場所を見つけられない7人の子どもたち。そんな7人が鏡の中の“城”に集められ、願いを叶える鍵を探しながら新しい関係を築いていく、謎に満ちたファンタジーです。
単行本をデザインされた岡本さんも、自身が小中学生の頃に感じていた気持ちを思い出しながら原稿を読み進めたといいます。

「子どもたちがそれぞれ抱えている問題や心情がすごくリアルに描かれていて、胸が締め付けられるような気持ちで読み進めました。
 ラストの怒涛の展開に夢中でゲラをめくり、読み終えたときは呆然としてしまった記憶があります。いま辛い気持ちで過ごしている子どもたちにも、誰かを救うために手を伸ばしてあげられる大人の心にも響く、素晴らしい作品だと思いました」

ファンタジーでもあり、現実社会で起こっているリアルな闇も描かれ、さらに、鍵を見つけて城や子どもたちを導く“オオカミさま”の正体にも迫っていくようなミステリー的要素もある本作。装丁を考えるにあたっては、「どのイメージにも偏って見えすぎないように注意しながら、でもインパクトのある本の顔作り」を編集者の吉田元子さん、イラストレーターの禅之助さんと共に考えていったそうです。

まさに本の顔となる禅之助さんの装画からも、本を開く読者自身が鏡の世界に手を伸ばすようなドキドキ感が感じられます。

「作中にこういう(装画のような)シーンは出てこないのですが、学校に行けなくなってしまった子供たちの物語ということを分かりやすく表現するために、舞台となる『お城』と『教室』というまったく異なる世界観を、メインモチーフの『鏡』を通してミックスした形で描いていただきました。
 カバーからめくった見返し、化粧扉、目次まで、これから楽しい物語が始まりそうという予感を感じさせる、アニメのオープニングや映画の予告のようなワクワク感が出るように、一つ一つ丁寧に考えていきました」


「筑紫Aオールド明朝」にファンタジックなニュアンスを加えて

「筑紫Aオールド明朝」イメージビジュアル

表情豊かで味わい深い筑紫Aオールド明朝は、書籍のタイトル、特に文芸書に使われることが多い人気書体です。『かがみの孤城』のタイトルロゴも、筑紫Aオールド明朝をベースに制作されています。

「筑紫Aオールド明朝は可読性が高くしっかりと読みやすいので、タイトルに使うと王道の本というようなどっしりとした貫禄が出ます。また、“はね”が伸びやかでニュアンスがあり、文字を置くだけで物語性が感じられて、とてもよく使わせていただいています。
 今回も、他の明朝書体をいくつも並べて見比べながら検討したのですが、ふところが狭くてキュッと引き締まって見えるところや、形がスマートで品が良く見えるところ、それでいて柔らかい印象であたたかみが感じられところなど、やはり筑紫Aオールド明朝が一番しっくりくるなと思い、こちらを選びました」

左が完成したタイトルロゴ、右は筑紫Aオールド明朝で打ち出した状態。割れた加工以外にも、「の」の骨格や「が」の濁点が変化していることが分かる

よく見比べてみると、「の」だけ形が違うのが分かります。これは筑紫Cオールド明朝の「の」。理由を聞いてみると、「現実と鏡の世界を行き交うファンタジックな異世界の物語という世界観がロゴでも感じられるように、ニュアンスが強い筑紫Cオールド明朝を採用しました」とのこと。同様に、「が」の濁点もカンマのような丸みを帯びた形にして、カリグラフィ的なニュアンスが加えられています。

一方で、幅広い年齢層の人に手に取ってもらいたいという思いから、あまりニュアンスをつけすぎないように、子どもっぽく見えないような塩梅にも気を配られたそうです。


割れたガラスのようなタイトルロゴの制作過程

そしてやはりタイトルを印象づけているのは、割れたガラスのような演出。実際にタイトルロゴが出来上がっていく過程を、ちらっと見せていただきました。

フォントで打ち出したタイトル(左)に、文字が割れたような演出を加えていく。文字のところどころに切れ目を入れてからパーツの位置をずらし(中央)、破れた部分をギザギザにしたり破片を加えるなど、細かな細工を加えていく(右)

「本のタイトルロゴを作るときに、あまり意味は考えず、スタイリッシュさを追求して作る場合もあれば、小説の内容やタイトルの意味とリンクさせながら考える場合もあります。この作品に関しては、完全に後者でした。
 『かがみ』という言葉が“割れる”とか“ガラス”など、誰が見ても直感的にそれだと分かるイメージとリンクしているのと、それが絵や装丁全体の雰囲気とマッチして作れそうだなと思ったので、『ロゴをガラスが割れているような形にするのが最適解なのでは!』とひらめいてからはすぐに形にすることができました」

本を読み進めた先に、クライマックスの瞬間が待っている……。無意識にそんな期待も湧いてくるデザインだと思いました。最後にもう一つ、単行本のカバーで注目したいのが、タイトルに押されたホログラム箔です。光を受けてオーロラのように変化するホログラム箔が、まるで魔法の鏡のかけらのように見えてきます。

タイトルロゴのデザインが決まったときに、ホログラム箔を提案されたという岡本さん。
「ロゴのシルエットでも割れた表現に見えるように作っていたものの、箔押しにすることでより効果的に鏡面らしさを表現できたので良かったです。鏡らしさを演出するのであればシルバー箔でもいいかとも思ったのですが、七色に反射するホログラム箔の方が可読性も良く、色合いが豊かで雰囲気も明るくなり、この作品のファンタジックな部分にピッタリだと思いました」

昨年12月から公開されている劇場アニメでも、単行本と同じ、岡本さんがデザインしたロゴが使用されています。その淡く揺らめくような色彩は、書籍に用いられたホログラム箔のイメージともリンクしているように感じられます。
物語に寄り添う魅力的なデザインに筑紫書体を活用いただけたこと、私たちまで、なんだか誇らしい気持ちが湧いてきました。岡本さん、ありがとうございました!

〈デザイナープロフィール〉
岡本歌織[next door design]
大学卒業後、広告制作会社、デザイン事務所 株式会社bookwallを経て、2015年よりnext door designに勤務。文芸書の装丁を中心に、児童書、翻訳書、コミックなど幅広いジャンルの書籍をデザインしています。
http://n-d-d.jp/


筑紫Aオールド明朝・筑紫Cオールド明朝が使えるサービス

フォントワークス LETS
年間定額制のデスクトップフォントの配信サービス。筑紫書体、UDフォントなど高品位でバラエティ豊かなフォントを提供しています。

FONTPLUS
バラエティ豊かなプロ向けのフォントが使えるWebフォント・サービス。豊富な欧文・和文フォントをWebフォントとして利用することができます。

mojimo
「ちょうどいい文字を、ちょうどいい価格で」をコンセプトにした手軽に使える定額制プラン。筑紫Aオールド明朝は「mojimo-manga」に、筑紫Cオールド明朝は「mojimo-oishii」に収録されています。

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