新書体「あかかね」デビュー! 書体デザイナー 大崎善治さんに、書体制作までの道のりをうかがいました
2022年秋、フォントワークスの新書体「あかかね」がリリースされました。
「あかかね」は丸く張り出したふくらみと、すっきりした直線との組み合わせが特徴的なデザイン書体。リリースに合わせて、書体の魅力をぎゅっとまとめた特設サイトもご用意しましたので、ぜひご覧いただきたいです。
公式noteでは「あかかね」をデザインした書体デザイナー、大崎善治さんのスペシャルインタビューをお届けします。大崎さんが書体制作に携わられるまでのエピソードや、これまでにデザインされた「くろかね」「あおかね」、そして「あかかね」について、作り手の視点から語っていただきました。
書店から写植へと導いた意外な出会い
— 「あかかね」のリリース、おめでとうございます! 大崎さんは人気書体「くろかね」と「あおかね」もデザインされていて、フォントワークスでは3作目の書体です。「くろかね」がLETSに収録されたのが2008年、「あおかね」が2015年……ちょうど7年おきの新作となりました。
大崎:そうですね、地道に(笑)。この7年間、ありがたいことにグラフィックデザインの仕事をたくさんいただけてたので、書体に集中しては中断して、というのを繰り返していました。しばらく書体デザインから離れて戻ってくると、自分の中から違うアイデアが出てきて、毎度のことながら一度作った文字が気になりはじめてしまうんです。そんな行ったり来たりをしながら完成しました。
— 大崎さんはグラフィックデザイナーとしてお仕事をされながら、書体のデザインにも取り組まれていますね。過去のインタビューで、デザイナーになる前は書店員をされていたり、写植オペレーターをされていたこともあると拝見しました。大崎さんがデザインに携わられるまでのお話を聞かせてもらえますか?
大崎:デザイナーになるきっかけということだと、書店員になったというのがきっかけでしょうかね。最初は本が好きだという単純な理由で書店に就職したんです。そこに美術系の学校に通っている学生さんがアルバイトをしにきていて。その人は本を見るとき、最初に奥付を開くんですよね。
— ええ、はい。わかります(笑)。
大崎:それで「デザイナーは◯◯さんなんだ」って。それから表に戻って、ジャケットを外して表紙を確認して……横で見ていて何をやってるんだろうと思いました。その人から、本をデザインする仕事があるというのを教わって……それがデザインに興味を持った最初のきっかけです。
— それまでは特にデザインや美術の勉強はされていなかったんですか?
大崎:はい。デザインの仕事に興味を持ち始めて、本当だったら学校で基礎から勉強していくのがスタンダードな道だと思うんですけど、そこまで時間のゆとりはないし、どこかでアシスタントをしたりして働きながら身につけていくことができないかと考えていました。
それで働けるところを探していたときに、例のアルバイトの学生さんが「いきなりグラフィックデザインの仕事じゃなくても、製本や印刷とか、そういうところも考えてみたらいいんじゃない? 写植って知ってる?」と。デザイナーの指定紙から版下を作る仕事だと聞いて、たしかに近い仕事だなと思いました。
— そのアルバイトの学生さんとの出会い、大崎さんに大きな影響を与えているんですね。
大崎:そうですね、僕にとっては先生って感じでしたね。その後、運よくとある写植屋さんに入ることができました。未経験でしたから、はじめは誰でもできるようなデリバリーや雑用から。版下や指定紙を受け渡しに行ったりするんですけど、運ぶ前にそれを見ることができるんです。デザイナーさんによって指定紙の作り方が全然違ったり、何もかもが珍しくて、いろんな刺激を受けました。そのうち上司から「(オペレーターを)やってみるか」と言われて。
— それで写植のオペレーターになられた。
大崎:ちょうどみんなDTPに移っていく時期でしたし、社内にもDTPの部署がありました。でも、僕は圧倒的に写植の組版の方がきれいだと思っていたので写植のオペレーターに。とはいえ電算写植でしたから、パソコンみたいなものですよ。電算写植にない書体で指定された文字が必要なときは手動写植機に触ることもありましたけど、すごく大変でした。いきなり手動機だったら挫折していたでしょうね(笑)。
気づいたらデザイナー、そして書体デザインの道へ
— 今、PCでデザインをしたりフォントを扱っていても、一つの書体に対してどれくらいの文字が必要なのか、みたいなことはなかなか想像しにくいと思います。その“量”に対する感覚は、写植オペレーターの経験から体感されていたのかな、と想像します。
大崎:そうですね、写植の書体って頻出度合いによって文字が分類されていて、私が当時やっていた仕事だと三級っていうあまり使用しない漢字分まで加えても約5000文字くらいで事足りることが多かったような気がします。もちろん本文などで使うものはもっとたくさんの文字を揃えていたほうがいいでしょうが、今のデジタルフォントは一般的な文字規格にそって制作するとなるとAdobe-Japan1-3(※1)で9,354字、Adobe-Japan1-7(※2)は23,060字にもなる……。
— 日常ではまず使わない文字も収録されていますよね。
大崎:はい。自分で作っていても「これ、実際に使われる状況に出会うのか?」って思うものいっぱいありますね(笑)。見出しで使う書体など、目的がある程度限られるものは、かつては少ない文字数でもなんとかなっていたということを振り返ると、私が作る書体なんかも、本当はそれくらいでいいんじゃない?って思うときはあります。
— その方がどんどん書体はリリースできそうですね。でも、安心して使えるだけの文字が揃っていることも書体を選ぶポイントになると思うので、やっぱり文字数が多いと嬉しいです!
少し脱線しちゃいましたが、写植オペレーターから、今度はグラフィックデザイナーになる転機がどこかで訪れたんでしょうか。
大崎:それが、自分としてはそんな意識は全くなかったんですよ。
— ……というと?
大崎:会社でデザインできる人が減っていって、やらざるを得なくなったんです。デザインの部署があったんですが、人手不足になって「一番若いんだからやらない?」と言われて。
それまでオペレーターとして、デザイナーさんから預かる指定紙を見てレイアウトやページネーションを感じ取ってはいましたけど、自分で設計するのは思うようにいかなかったですね。もう教えてくれる人は社内にいませんでしたし、逆に版下を渡す印刷会社の人とか、仕事をくれる編集者の人に教えてもらうことが結構ありました。「ここのタイトルの打ち方がなっていない」とか、情報を選んで見せ方を考えてとか(笑)、ほんとありがたかったです。
— 実践の中で身につけていかれたんですね。それからデザイナーとして独立されたんですか?
大崎:ある日、勤めていた会社がなくなってしまって……。しかも、ちょうどある出版社からシリーズものの仕事を受けたばかりで、そのまま引き受けるには私がフリーになるしかないという感じだったので、急ごしらえで自宅に道具を集めて環境を整え、デザイナーとしての仕事を始めました。
だから、気がついたらデザイナーになっていたんです。なんだか不思議な気持ちでした。
— さらに、グラフィックデザインだけでなく書体のデザインにも取り組んでいかれました。
大崎:書体に興味を持ったのは、写植をやっていたときに見た書体見本帳です。書体ってこんなにあるものなのかと衝撃を受けましたし、一つ一つ誰かが作っているんだなと。それからずっと興味は持っていました。
作ることに対してのきっかけは、味岡伸太郎さんが始められた「FONT1000」(※3)の活動を知って、これなら自分でもできるかもしれないと考えて挑戦したのが最初です。最初は1,000文字作るのも高いハードルに感じましたけど、一度作れると2,000文字は大丈夫だよね、次はもうちょっといけるんじゃないかと思うようになっていきました。
「くろかね・あおかね・あかかね」3書体とこれから
— その後、初めてAdobe-Japan1-3規格で作られた書体が、フォントワークスから出させてもらっている「くろかね」ですね。ここからはこれまでフォントワークスでリリースされた3書体について、それぞれ作り手として思う特徴などをうかがっていきたいです。
「くろかね・あおかね・あかかね」3書体並べてみると、どれも太めで強さを感じる書体です。しっかり黒みのある書体がお好きなのでしょうか?
大崎:しっかりとしたフォルムで、均一な黒さで見せる。タイトルとして強く出るような感じの書体が格好いいなと思っているのはありますね。
— それぞれ、ちょっと性格の違いのようなものも感じます。「くろかね」はテレビや動画のテロップでも本当によく見かける人気書体です。真面目なんだけど明るく伝えたいとか、大きな声で楽しく伝えたいときにぴったりだと思うのですが、大崎さん自身はどう思われますか?
大崎:もともと写研書体の「イダシェ」のような見出し書体が好きなんです。太くて力強い書体を作ってみたいけど、例えば平野甲賀さんのような風通しのいい、自由で巧みな文字は自分には作れない。どんな書体ならできるかなあと思いながら作り始めました。自分で見ると、作り慣れていない経験の少なさが文字に出ていますね……。
— それが朗らかさとか柔らかさにつながっているのかも? 格好つけない素直さがある書体だと思います。
大崎:そう思ってもらえるとありがたいです。
— 2番目の「あおかね」も思わず目が引き寄せられる書体です。どんな考えで作られましたか?
大崎:直線的なフォルムだけど、エレメントは丸くぽってりと。硬いんだけど柔らかいっていう書体です。「くろかね」は自分の手で好きなようにスケッチしながら作っていったので、「あおかね」はもう少し作りやすさや、まとまりのある形を意識して制作していきました。
— 骨格やエレメントを整理されたことで、逆に少し個性的というか、グラフィック的なニュアンスが感じられる書体かなと思います。
大崎:統一感を持たせるために、骨格を曲げる角度にもルールを作っていたりするので、そういうところが個性になっているかもしれないですね。個性や味みたいなものは結果的に見えてくるもので、作っているときはなんとか形にしなければと必死にやっています(笑)。
— 最後は今回リリースされた「あかかね」です。丸く膨らんだシルエットで、カクカクしてもいる。木彫りとか切り絵みたいな、ちょっと物質的なレトロかわいさを感じています。
大崎:もっと丸さを極めた形にしたかったんですが、漢字の視認性や読みやすさとの兼ね合いでこのような形になりました。同じ形のパーツでもカーブがまちまちだったりして、厳密にルール化しきれていない、いわば感覚に頼っているところが大いにあります。
— そうしたところからも、手仕事みたいな印象を受けているのかもしれません。特設サイトでも紹介されていますが、一つ一つの文字が面白くてキャラクター性を感じます。大崎さんが制作中にツイートされていた旧字体の「龜(かめ)」とか、怪獣や生き物みたいです。
大崎:こういうのを作っているときは楽しいですね。複雑な文字は黒みの調整が大変なんですが、全体的な黒みが統一されていて雰囲気が合っていれば、まとまった一つの書体として見てもらえるかなと考えています。
— 使う方にも、ぜひ楽しく使っていただきたい書体です。ちなみに、次の書体の構想って、すでにあったりしますか?
大崎:少し気を抜いてから次に取り組もうと思っているので、まだ具体的には考えていません。黒、青、赤ときたので、次やるなら「白」かな。五行思想ってわかりますか?
— 自然の元素とか方角、色が対応している……。
大崎:北が黒で東が青……真ん中が黄色なんですよね。書体の姿をどことなくそこにあてはめてやっています。なんとか最後の黄色までいけたらいいなと思うんですが、今のペースだとあと15年くらいでしょうか。
— まだまだじっくりと取り組むことになりそうですね。「くろかね」と「あおかね」、そして生まれたばかりの「あかかね」も、これからたくさんの方に使っていただければいいなと思います。今日は興味深いお話をたくさん聞かせていただき、ありがとうございました!
あかかねが使えるサービス
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https://lets.fontworks.co.jp/
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