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ブックデザイナー 鈴木久美さんと語る、「つばめ」と装丁のお仕事

フォントワークスnote編集部のフォンテーヌです。さまざまなデザイナーのみなさんと、フォントLOVEなお話をお届けする「今月の、フォント推し話!」。今年最後の第4回はブックデザイナーの鈴木久美さんをお迎えしました。

文芸書をメインに、数多くの書籍を手がけておられる鈴木さん。筑紫書体などもたくさん使ってくださっていますが、今回は「つばめ」を用いられた装丁に注目。装丁への取り組み方、文字との関わり方についてもお話をうかがいながら、つばめの特徴や魅力をおうかがいしました。

〈ゲストプロフィール〉
鈴木久美
東京造形大学卒業後、角川書店装丁室を経て2014年に独立。主な仕事に『狩人の悪夢』有栖川有栖(KADOKAWA)、『にほんの詩集 谷川俊太郎詩集』谷川俊太郎(角川春樹事務所)、『盲目的な恋と友情』辻村深月(新潮社)、『汝、星のごとく』凪良ゆう(講談社)など。

着飾らず、絵や写真に寄り添う書体「つばめ」

フォンテーヌ 今日は「つばめ」と装丁をテーマにお話ししていきたいと思います。というのも、鈴木さんのお仕事にはつばめが魅力的に使われている本がいくつもあって、かねてから「お話を聞いてみたい!」と思っていたのでした。
 普段装丁の仕事をされる中で、タイトルに使う書体はどのタイミングで決めることが多いですか?

鈴木 私の場合、書体を選ぶのはいちばん最後ですね。イラストレーターや画家、写真家の方の作品を使わせていただくことがほとんどなので、まずはビジュアルを決めることが優先です。イラストや写真の色合いや雰囲気によって、どんな佇まいの装丁になるのか次第に分かってくるので、その上に乗せる文字の書体は次に決めていくという順番です。

フォンテーヌ 装丁全体の雰囲気を決める、最後の締めとして選んでいるんですね。フォントを選ぶ際に大事にしていることはありますか?

鈴木 装丁の仕事は、イラストレーターさんや写真家さんとの共同作業という面があるので、絵や写真、文字のどれかが主張しすぎるのはよくないと思っています。フォント探しの際には、それぞれ個性のある写真やイラストと同じ空間にあるものとして、雰囲気を壊さずに、隣に寄り添うような文字を選ぶことをイメージしています。

フォンテーヌ 文字ありきで考えるというより、一枚の絵としての調和を大事にされている。

鈴木 そうですね。デザイナーの私が決めるというより、絵や写真の方に主導権がある気がしていて。「このフォントはどうですか?」と、作品と対話しているような感覚があるんです。もちろん、あくまで脳内での会話なんですが(笑)。

フォンテーヌ 鈴木さんが手がけられている本には、つばめが魅力的に生かされている装丁がいくつもあります。つばめという書体にどんな印象を持たれていますか?

今月のフォント「つばめ」

「つばめ」イメージビジュアル

鈴木 素朴で着飾らない、可愛らしい女の子のような印象というか、身近にいてくれる優しい存在のように感じています。例えば、『ちびまる子ちゃん』に登場する「たまちゃん」のようなイメージなんです。

フォンテーヌ そっとそばにいてくれる友だちのような存在ですね。文字の形からも、可愛らしくて寄り添ってくれるような、優しさを感じる書体だと思います。

フォントとしての統一感とユニークな形のバランス

フォンテーヌ つばめのデザインは書体デザイナーの神田友美さんが手がけているのですが、動きのある文字を一つの書体としてまとめているのがすごい!と感じます。
*参考記事:昭和レトロな懐かしさにこだわった「つばめ」 神田友美氏へのインタビュー

鈴木 そうですね。例えば“てん”の形。ひらがなの「え・お・か」などを見ると“てん”の書き出しの部分に太さがあって、そこに新鮮さを感じました。一方、漢字の“てん”は文字によって終筆部分が太くなっているものもありますね。

フォンテーヌ うーん、面白いです。お習字の感覚だと、おしりにぐっと力を入れるような“てん”の形をイメージしますが、ひらがなの“てん”は始筆の方が太くて、カリグラフィみたいに硬いペンで書かれたような感じもします。三角形っぽく見えるところも、つばめらしさを感じるポイントですね。

鈴木 ほかにも「い」の場合、2画目は内側にカーブを描くことが多いと思いますが、1画目と同じ方向に反っていて、これも私にとって新鮮でした。デザインをする中で作字をすることもあるのですが、私はカーブのパスがうまく描けなかったり、バランスが取れなくて断念することも多くて……。書体デザイナーの皆さんの感性やバランス感覚は、本当にすごいなと思います。

フォンテーヌ 自分がイメージしている文字の骨格との共通点や違いに注目されているのは、デザイナーの鈴木さんならではの視点だなと思いました。
 ひらがなはコロコロとした可愛い印象がある一方で、カタカナはわりと直線的で文字のパーツがシンプルなので、楔形文字のように刻む感じがあります。

鈴木 文字によってはカーブの出し方がひらがなとは違っていて、それでも共通のエレメントとして“うろこ”があるので、同じ書体の文字だと分かります。個人的にはカタカナの方が好きな文字が多くて、たとえば「ヌ」の場合、2画目の“てん”を長めに取る人もいると思いますが、ちょっと短めなのがかわいいです。
 さらに漢字では、ひらがなやカタカナよりも自由にデザインされているのを感じます。普通はくっついているところが少し開いていたり、さじ加減が絶妙。均質にルールを設けるのではない、伸びやかな感性で作られている気がしています。 

フォンテーヌ 縦長に見えたり横長に見えたり、文字ごとにリズムがありますよね! 文章を組むのが楽しくなる書体じゃないかなと思います。

読者の本棚に残り続けることをイメージして

フォンテーヌ では、実際につばめが使われている装丁を見ながらうかがっていきたいです。9月に刊行されたばかりの小説『たとえば、葡萄』にもつばめが使われていますね。

たとえば、葡萄』著:大島真寿美(2022 小学館)

鈴木 はい。新しい生き方を探していく女性が主人公の、優しい物語です。著者の大島さんは、のびやかで自由な文体が特徴の作家さんで、装画を描いてくださった銅版画家の水上多摩江さんの絵からも、同様に風が吹いているような自由な空気を感じ、この本はかちっとしたフォントでは合わないんじゃないかなと思っていました。いろいろと探す中で、しっくりきたフォントがつばめだったんです。

 この本では、いくつか文字の形を調整させていただいています。「ば」の濁点はかわいらしさを出すために丸に置き換えていて、「と」と「葡萄」は少しだけ風通しのいい感じにしたくて形を変更しています。「た」の横画も、まっすぐのままだと意志が強い感じがしたので、斜めに変えさせていただいきました。

フォンテーヌ 丸い濁点は、絵の葡萄にもリンクしていますね。すごく雰囲気に合ったアレンジだと思いました。文字の形を調整されることはよくあるんですか?

鈴木 ケースバイケースですが、絵の世界観に文字が寄り添う必要があるので、絵が求めているものはどんな文字なのかを考える中で調整することがあります。

フォンテーヌ 文字が水上さんの版画表現ともマッチしていて、一枚の絵のようだなと感じた装丁でした。別の事例だと、漫画家の益田ミリさんの『ミウラさんの友達』でも、つばめが使われています。

ミウラさんの友達』著:益田ミリ(2022 マガジンハウス)

鈴木 私としては珍しく漫画のお仕事をいただいたもので、これはアレンジを加えずにつばめを使用しています。この本は、益田さんの漫画家デビュー20周年を記念した描き下ろし作品なので、いつもの益田さんとは少し違う一面を見せるような装丁はいかがでしょうか、とご提案させていただいたんです。素朴で可愛らしい絵の雰囲気を活かして、このようなデザインにたどり着きました。 

フォンテーヌ 作品自体は、不思議な雰囲気がある物語です。

鈴木 そうですね。SFというか、近未来的で。友達との関係がうまくいかなくなってしまったミウラさんが、5つの言葉しか話さないロボットとの奇妙な暮らしをはじめる物語で、主人公に優しく寄り添っていくような感覚のある作品です。表紙の文字を仮組みしたときには丸ゴシック体を検討していたんですが、最終的にはここでもつばめが作品の雰囲気を支えてくれました。

フォンテーヌ ぱっと見た感じでは、ロボットが登場する漫画とは思えない、絵本みたいな印象のある装丁です。どのように考えてデザインされたんですか?

鈴木 おそらくこの本は、読んだ方にとってずっと手放さない一冊になるだろうなと思ったんです。友だちとの関係について考えたくなったときや、心が弱っているときに読み返したくなる一冊として、本棚に置いておきたくなる本だなと。

 これはすべての本をつくるときに考えていることですが、引っ越しや進学、結婚など、住環境が変わったとしても、最後まで本棚の中に残る本が人生に何冊かあると思っていて、いま自分が作っている本がそんな一冊になるかもしれない、ということをできるだけ忘れないように意識してデザインしています。誰かの本棚にあり続ける本をイメージすると、声高に語りかけるような文字が乗っている本だけでなく、優しい文字がそっと表紙にいてくれるような本があってもいいと思うんです。

フォンテーヌ 額縁みたいに、タイトルの文字が絵の魅力を支える役割を果たしているように感じました。他に鈴木さんご自身で、つばめを使用した装丁で印象的だったものはありますか?

鈴木 藤野千夜さんの『団地の二人』でしょうか。どれもつばめの中で好きな文字ばかりで、「団」の“くにがまえ”が裾に向けて少し開いている感じや、自由に傾いている「地」の可愛らしさ。さらに私のお気に入りのひらがな「の」が入っているので、好きな文字づくしのタイトルでした。

団地のふたり』著:藤野千夜(2022 U-NEXT)

フォンテーヌ これは絵とタイトルの文字が分かれて、それぞれすっと目に入ってくる装丁ですね。「団地」みたいにガチッとしそうな文字にも、つばめの形の軽妙さが生きています。「藤」のように複雑な形の文字にも、ふわっと散らばったような軽さがありますね。

鈴木 つばめの漢字は愛嬌がありますね。一方で“うろこ”がシャープなので、甘く、緩くなりすぎないのがいいところです。

物語に耳を傾け、作家と読者をつなぐ仕事

フォンテーヌ 鈴木さんは、登場人物の気持ちに優しく寄り添うような物語の装丁でつばめを使われていることが多いように感じます。お話を聞いて、絵にそっと寄り添うような雰囲気のあるつばめという書体が、物語の雰囲気ともリンクしている気がしました。

鈴木 装丁は、ポスターのような広告的な要素と、パッケージとしての役割の両方が必要です。中に物語が詰まっていることも他のデザインとは大きく違うので、手にとってもらうことを意識しながら、中身に共感してもらえる姿で送り出さなくてはならないというところが特徴だと思います。
 私のもとに依頼が来る段階では、本はテキストだけで実体がないので、どんな佇まいの本になるのかを想像して、物語に耳を傾けることが装丁家の仕事だと思っています。中でもフォントは、その過程で寄り添ってくれる存在のような気がしています。

  装丁は本と読者をつなぐ仕事であり、それは作家と読者の縁をつなぐことでもあります。この作品に出会えるといいなと思う読者にちゃんと届いてほしいし、こんな人に読んでほしいと作家さんが思い描いている読者に、ちゃんと届くようにデザインしたいと思っています。いまだに難しいのですが、そんなことを意識しながら仕事をしています。 

フォンテーヌ 装丁において、文字は一つの要素であり、本の佇まいをつくり上げる調和から、その本らしさが生まれていることが分かりました。今日はありがとうございました!


(構成:フォントワークスnote編集部/文:堀合俊博)

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