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中学生に伝えたいフォントの授業2023【青山学院中等部】

フォントワークスは日頃から、文字やフォントの魅力を年齢を問わず多くの人に知ってもらいたいという想いをもっています。そのような背景から、青山学院中等部の国語科教員 達富悠介先生とフォントワークスの交流が2022年より始まりました。

青山学院中等部では、中学3年生を対象とした約25の選択授業が開講されています。達富先生は選択授業「美文字」を担当されており、文字を書く楽しさや奥深さを生徒たちに知ってもらうことを目指して、硬筆の学習や文字の歴史・文化など多面的に文字に触れる授業を行っています。
昨年に引き続き、今年も書体デザイナー中村勇弥が特別講師として教壇に立つ機会をいただきました。
今回のnoteは中村より、当日の授業のレポートをお届けいたします!

〈書体デザイナー プロフィール〉
中村勇弥
早稲田大学文学部卒業。2020年フォントワークスに入社。築地活版製造所の明朝体復刻プロジェクトなどを通して絶賛修業中。かつて中学生でした。

こんにちは。
フォントワークス書体デザイナー、まだまだ修業中の中村です。
昨年、青山学院中等部で行われている選択授業「美文字」に呼んでいただき、中学3年生のみなさんと一緒に「文字のひとがら」について考える機会をいただきました。
なんと、ありがたいことに、今年もお招きいただきました。



「美文字」の授業とは

青山学院中等部の国語科教員、達富先生が実践している、文字についてさまざまな角度から学んでいく選択授業「美文字」。
今年はカラフルな粘土をつかって『枕草子』の一節を表現したり(⁉︎)、『美しい日本のくせ字』の著者・井原奈津子さんによるワークショップを開いたり(!)と、ユニークな取り組みがてんこ盛りです。

3年選択〈美文字〉報告 「枕草子を粘土でつくろう 」

3年選択〈美文字〉報告 「くせ字の魅力に触れよう」

達富先生とお話ししていると、いかに文字を楽しんでもらうか、そこを大事にしているのが伝わってきます。
そんな授業の場に引き続きお呼びいただけてとても光栄です。

昨年からの変化

昨年は、身近なひとの書いた「ありがとう」の文字をまねて「ございます」を書いてみることで、文字にその人らしさ=「ひとがら」が表れることを感じてもらいました。これはまた、ある文字の特徴を、他の文字にも展開していく、書体デザインの基本を体験してもらう試みでもありました。
後日生徒のみなさんからいただいたアンケートでは、とても楽しかったというありがたい感想とともに「いつかオリジナルのフォントをデザインしてみたい!」という声が多く寄せられました。
文字を「書く」のではなく、「デザインする」ということに興味をもってもらえたことに手応えを感じつつ、じゃあ次はもっとデザインに近いことをやってみよう、と思いました。

街中の文字

そういうわけで、今年は街中の看板などの、自分たちが気になった文字をもとに、別の言葉をつくってみるワークショップに変えてみました。
このやりかた自体は、書体デザインのワークショップでよくある形式だとは思うのですが、中学生のみなさんならではの文字選びや、言葉のセンスが光りました。

夏休みの課題として、生徒のみなさんは街中で気になった看板などの文字を写真に撮り、集めてくれていました。さらに事前の授業では、達富先生のもと班を作り、持ち寄った文字の特徴を出しあってもらいました。
気になったデザインが「かわいい」のか「かっこいい」のか、「かたい」のか「やわらかい」のかなど、醸し出している印象を言葉にすることが、自分がデザインするうえでとても大事だと感じているからです。
単純なようで、難しい過程だったろうと思います。
班でどのデザインをもとにどんな言葉をつくるか、1つに絞るところまでは、この事前授業で決めてもらっておきました。

おもしろかったので、いち早く紹介しておきます。

チームAは元気いっぱいな「でりかおんどる」の看板をもとに「全力笑顔」を、

生徒さんが夏休みの課題として実際に撮影された写真「でりかおんどる」

チームBは大人っぽいけどどこか愉快な「ゆりあぺむぺる」をもとに「しなもん」を、

生徒さんが夏休みの課題として実際に撮影された写真「ゆりあぺむぺる」

チームCは朴訥とした渋いかわいさの「トミィ」をもとに「ユウスケ」を。

生徒さんが夏休みの課題として実際に撮影された写真「トミィ」

ユウスケとは、何を隠そう達富先生の下のお名前です。チームCのみなさんの、いたずらっぽい笑顔が目に浮かびます。

想像以上のこだわり

いよいよ当日を迎えました。2回めとあって、昨年度よりは緊張せずに済むかと思いましたが、あんまり変わりませんでした。
授業時間が迫ってくるにつれてソワソワしてきます。そんな私を、1年ぶりの達富先生は変わらない明るさで、新しい顔ぶれの生徒のみなさんはちょっと遠巻きに、でも温かく迎えてくれました。
全員が教室に揃ったころ、チャイムが鳴りました。緊張してばかりではいられません。
フォントワークスがどんな会社で、書体デザイナーがどんな仕事をしているのか、簡単に紹介したあとで、早速ワークショップに入ります。
わずか45分……あのころ長く感じていた懐かしい45分は、大人になるとあっという間です。

事前授業で言葉にしてもらった、持ち寄った看板の文字の印象。
当日のワークショップではさらに踏み込んで、その印象はデザインのどんな特徴から来ているのか――を話し合ってもらいます。

「でりかおんどる」から「全力笑顔」をつくるチームAは、特徴を「丸くて太くてアンバランス」と的確に表現してくれました。角や尖ったところのないデザイン。点はペン先を垂直に置いてインクを染みこむままにさせたような、温かみのある円形です。また、2点でサイズの違う濁点や、2画めの長い「か」、頭と巻きの大きい「お」のほか、「でりかおんどる」という7文字の並べかたにも、アンバランスさがよく表れています。

「ゆりあぺむぺる」から「しなもん」のチームBは、特徴に文字が丸いこと、線に強弱があること、それから先ほどとは対照的に、文字の高さがそろっていることを挙げてくれました。さすがというべきか、よく見ていて驚かされます。

そして「トミィ」から「ユウスケ」のチームCは、各パーツの先端が細くなっていること、骨格は直線的であることを挙げてくれました。さらに、先端は尖りすぎていない、ということにも着目してくれました。たしかに、先端がもっと鋭かったら、こんなに温かい印象にはなっていないかもしれません。形と印象のつながりを、みごとに掴んでくれました。

特徴がわかったらいよいよ制作に移ります。1人1枚画用紙をもち、そこに1文字、マーカーやクレヨンを使って描いていきます。
およそ15分から20分ほどの短い時間です。教室のあちこちで苦労の悲鳴(?)やうめき声(?)が聞かれました。
「でりかおんどる」から「全力笑顔」のチームAのある生徒さんは、はじめ「むずかしすぎる……できるわけない……」と頭を抱えていました。ひらがなしかない看板から漢字を考えなければならないので、かなりの難関です。
すると、同じ班の生徒さんが「ここはこうじゃない?」とアイデアを出してくれました。それを何度かくりかえすうち、頭を抱えていた生徒さんが「あ、これかも!」とひらめいて、自分の1文字を完成させるに至りました。

フォントワークスの書体デザインチームでも、悩んだら他のメンバーに聞いたり、何種類かつくってみてどれがいいか尋ねたりということが日頃から行われています。自分以外の視点が加わると、あっさり解決することがあります。
班になって同じデザインを制作することで、図らずも、デザインのそういった側面まで体験してもらうことができました。想定外の化学反応は、ワークショップの醍醐味かもしれません。

また、「ゆりあぺむぺる」から「しなもん」のチームBは、「む」の2画めの形を「も」の1画めに応用し、「る」をころんと倒して「ん」に応用するなど、こちらを唸らせる機転を見せてくれました。
さらに、文字の高さがそろっている「ゆりあぺむぺる」に倣い、「しなもん」もそろえるため、何度も描きなおしています。高さのガイドとして薄く線を引いてはいましたが、それでも文字の形によって見えかたが変わってしまうことに気づき、修正に修正を重ねます。時間との勝負。

「トミィ」から「ユウスケ」のチームCは、先ほど少し触れた先端の尖りぐあいにこだわってくれました。私は制作中の筑地二号明朝で、書体デザインディレクターの藤田さんに言われたことを思い出しました――揃えるところは確実に揃え、崩すところは崩す。下の記事に詳しいですが、筑地二号明朝の場合、横画の始筆の大きさや形、点の形などは敢えてばらつかせることで、デジタルにはない、人間の手による動きやおもしろみを表出させています。しかし、「トミィ」と同じように先端の鋭さや、縦画の終筆の丸みなどは、基本揃える。そうすることで印象を引き締めているのです。

フォントワークス 書体デザイナー座談会[2]築地復刻書体プロジェクトを聞く〈前編〉:森田隼矢 × くぼた あゆか × 中村勇弥

チームCはそんな、高度な部分に着目してくれました。

最後に1班ずつ前に出て、つくった文字について発表してもらい、あらためて苦労とこだわりを窺い知ることができました。

限られた時間のなか、初めての取り組みに、中学生の皆さんがどこまでできるのか正直不安もありました。しかしそんな心配をよそに、皆さんは想像以上の集中力と熱意、協力でもって、予想をはるかにこえる到達を見せてくれました。
生徒の皆さんが積極的に取り組んでくださったおかげで、私自身、学びのある楽しい時間を過ごすことができました。

それから挙手による投票で、人気1位を決めました。結果は「ゆりあぺむぺる」から「しなもん」のチームB。文字の形を別の文字に応用したり、高さを揃えたりなどの細部にいたるこだわりが実を結びました。おめでとうございます。
チームBの皆さんには、フォントワークスから、書体見本帖やmojimoのノベルティをプレゼント。
チームA、Cの皆さんにも、フォントワークス特製プリングルスをプレゼントしました。
ありがたいことに、ワークショップは皆さんの笑顔で幕を閉じました。

賞品のフォントワークス書体見本帖といっしょに

おわりに

昨年とは異なる内容に挑戦した今回も、生徒の皆さんと達富先生に助けられました。大変ありがとうございました。
チームAの「全力笑顔」はカラフルな色使いとあどけない骨格、丸いパーツでまさに全力の明るさを表現してくれました。
チームBの「しなもん」は、元の看板に参考になる文字がなかった「な」がいちばん難しかったそうです。でも、大人っぽいすてきな文字に仕上がっていると思います。
チームCの「ユウスケ」は、焼き芋のようなホクホクのふくらみがとてもかわいいです。達富先生も喜ばれているかと思います。
ほとんどの物事と同じように、書体をみて好きとか嫌いとか思うときには、必ず理由があります。それを言語化するのはけっこう難しいです。でも、とても大切なことなのではないかなと思い、今回こんな方法でワークショップを考えてみました。

中学生の皆さんにとって、何か意義のある時間になっていたら幸いです。

青山学院中等部 HP でもご紹介いただきました!
3年選択〈美文字〉報告 「街中にある文字のデザインに触れよう」

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