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フォントワークス 書体デザイナー座談会[3]それぞれが目指す書体づくり〈後編〉:越智亜紀子 × 山村佳苗

フォントワークスの書体デザイナー、越智亜紀子さんと山村佳苗さんを迎えての座談会。制作中の書体について詳しく聞いた前編に続き、後編では2人が書体デザイナーとして就職するまでのエピソードを紹介していきます。
それぞれのあゆみ、そして書体デザインへの熱い思いを聞くことができました。

〈書体デザイナー プロフィール〉
越智亜紀子
日本大学芸術学部デザイン学科卒業。2012年フォントワークス株式会社入社。書体の基本を日々の書体制作で学びつつ、2017年に「パルラムネ」をリリース、2019年に「パルレトロン」をリリース。パルシリーズを順次開発予定。好きな食べ物はチョコレート。飲食店のメニューにポテサラがあると絶対注文する。

山村佳苗
九州大学大学院芸術工学府修士課程修了。2015年フォントワークス株式会社入社。2019年、仮名制作を担当した楷書体「ニューグレコ」をリリース。おもに筆書体の制作を担当し、現在「鼎隷書(かなえれいしょ)」を開発中。好きな食べ物は茶碗むし。飲食店のメニューに揚げ出し豆腐があると絶対注文する。

越智さんのあゆみ:一冊の本から、書体デザイナーという仕事を知る

― ここからは、それぞれが書体デザイナーになるまでの話を聞いていきたいです。越智さんは、大学でグラフィックデザインの勉強をしていたんですか?

越智 そうですね。大学の専攻では主にグラフィックデザイナーになる人が多かったんですが、私の場合は、グラフィックデザイナーになりたいというよりも、なにかしらデザインか美術の仕事に就きたいと思って進学しました。

― そこから書体に興味を持ったきっかけは?

越智 大学2年生くらいのタイポグラフィの授業で、書体について基本的なことを学んで、面白いなと思ったのがきっかけです。ただ、当時は書体というより文字でロゴを作ることに興味がありました。
 書体デザイナーという仕事を知ったのは、大学3年生になって秀親さんと塚田哲也さんのデザインユニット「大日本タイポ組合」の事務所へインターンシップに行ったとき。「面白いから読んでみなよ」と『文字をつくる―9人の書体デザイナー』(雪朱里 著、誠文堂新光社)を貸していただき、そこでやっと書体デザイナーという職業をはっきり知りました。「書体デザイナーっていう仕事があるんだ! この人達は毎日文字を作ってるの!? いいな私もやりたい! なるしかない!」と一念発起しました。

― 自分だったら、毎日こつこつ文字を作り続けるのって、根気がいる大変な仕事だなと思ってしまいます。

越智 当時は「書体デザイナーって縁の下の力持ちみたいでカッコイイ!」とはしゃぎました。いざ入社すると確かに書体を作るのは大変でした。
でも、一週間前に作ったものと、今日出来上がったものを見比べると全く違うので、嫌にはならないかな。今も飽きずにやってます!(笑)

― 「毎日文字を作れるって最高」と思えるのは、天職ですね。もう書体デザイナーになるしかない(笑)。

越智 そうですね、なるしかないと思ってました(笑)。大学の成績で少しだけ良かったのがタイポグラフィの授業だったんです。という事は、ひょっとしたら文字に関する仕事が性に合ってるのかもしれないと思い、就活をする頃はタイポグラフィやロゴデザインだけのデザイナーになれないかなと考えていました。
 そんな中で書体デザイナーという面白そうな仕事を見つけたので、勢いで「やろう!」と決意しました。


「どうしても書体デザインの仕事がしたい」

― どのような経緯でフォントワークスに入社することに? その頃、新卒の募集はしていなかったですよね。

越智 当時は不景気で就職難だったので、とにかくバイトでもいいから都内のフォントメーカーに潜り込もうと思っていました。まず、大日本タイポ組合でのインターンシップ中にお会いしたタイプバンクの高田裕美さんにご相談しようと思って、「見学に行かせてください」と電話して事務所に伺ったんです。快く迎え入れてくださって、「パソコンでこんなふうに作っているよ」とか、書体づくりについて丁寧に教えてくださいました。「何とかしてこの業界に入りたいので、申し訳ないんですけど、どこかご存知ないですか?」と聞いたところ、「字游工房の鳥海修さんは書体デザインで有名な方だよ」と教えていただきました。
 帰宅後、「あれ?」と思って『文字をつくる―9人の書体デザイナー』を読み返してみたら、最初に取り上げられていた方が鳥海さんだと気付いたんです。「これは行くしかない!」と字游工房のWebサイトを検索して電話しました。突撃するタイプなので、メールじゃなくて電話していたんですよ。

― すごい! 度胸がありますね。

越智 「どうしても書体デザインの仕事がしたいんですけど、お話だけでも」とお願いしました。ちょうど字游工房で他の学生の作品を講評されていたようで、「君もおいでよ」と呼んでくださって。そこでいろいろお話しているうちに、私が福岡出身と知った鳥海さんが少し考えて、「福岡にフォントワークスという会社があって、そこで働いている藤田重信さんという人が、昔働いていた写研の同僚だから紹介してあげるよ」と言ってくださって、「え!? 福岡にフォントメーカーがあるんだ! よしっ、行くっきゃない! その藤田さんという人に電話しよう!!」と思いました。

 それから大学4年生の夏休みに福岡で藤田さんと面接して、その後採用のプロセスを踏んで、無事就職できました。いろいろなご縁が重なってフォントワークスに転がり込んできた感じですね(笑)。

― その熱意や思い切りがあったからこそ、周りの方も協力してくれて、書体デザイナーへの道が拓けたんだと思います。

越智 思い切りだけはいいんです。社会人になってゼロからスタートしなきゃいけないなら、本当に何も知らない書体デザインから始めるのもいいかなと思って、「行くっきゃない」って突っ走ってきました。

― それが今につながっているんですね。

パルラムネ スペシャルサイトから、パルラムネのイメージビジュアル。ゆるい雰囲気にあどけない愛らしさ、リズミカルな爽やかさもある人気書体


山村さんのあゆみ:6歳から親しみはじめた筆文字の魅力

― では、山村さん。山村さんは入社早々に「ニューグレコ」の仮名を担当されていて、フォントワークスの筆書体の新星だと思っています。いつから筆の文字に親しみ始めたんですか?

山村 6歳の時から書道を習い始めて、中学3年生まで教室に通っていました。高校は書道部に入部して、大学の間も教室に通っていたので……。

― お好きだったんですね。

山村 自分に合っていたのか、ずっと続けていました。始めたきっかけは母が私に書を習わせたかったからで。でも、地元には書道教室がなくて、母が一緒に習いたい人を公民館に集めて、先生に来てもらっていました。

越智 へえー、それはすごい!

― 独創的な作品を書かれる人もいると思うのですが、そういうのではなく?

山村 はい、書道教室では小学生が書くようなお習字を、高校の書道部では大きな紙に漢字を書いていて。大学では、4世紀前半の中国の政治家で書家でもある王羲之(おうぎし)の「蘭亭序(らんていじょ)」という作品の和訳文をフォント化するという制作をしました。漢字は「蘭亭序」から形を持ってきたのですが、原文に仮名はないので、ひらがなの元になった漢字を王羲之の作品から探して形を考えていきました。

― フォント化しようと思ったのは、王羲之の文字を使えるようにしたかったということですか?

山村 そうですね。自分が筆書体を作るなら、こういうのがあったらいいなと思ったのがきっかけで制作してみました。

― 使ってみたい筆書体、いいですね。明朝体やゴシック体に比べて、筆系の書体って選ばれるシーンが限られてしまう気がします。前編で紹介した「鼎隷書(仮)」のように、筆書体の選択肢が増えるといいですよね。

山村 そこを開拓していけたらというのが目標でもあります。

越智 グループ内で筆のことを教えてほしいときは、みんなだいたい山村さんに聞きに行っているよね。

山村 聞かれるのは嬉しいですけど、私も分からないことが多いです(笑)


「愛のあるユニークで豊かな書体」を書く宿題

― 山村さんがフォントワークスに入社されたきっかけは?

山村 大学の卒業制作で書体を作っていたこともあって、書体を作る仕事がしたいと当時の担当教官に相談したんです。ちょうどフォントワークスと私が通っていた大学がUDフォントの共同研究をしていたので、「会議があるから参加してみたら」と誘われて参加し、そこで初めて藤田さんにお会いしました。
 その後、先輩と一緒に藤田さんに話を聞きに行く機会があって、そこで「面接していただけませんか」と直談判。その場ではあまりいいお返事はいただけなかったんですけど、宿題を出してもらって後日見てもらう流れになりました。その宿題が、「愛のあるユニークで豊かな書体」という一文を、細楷書、太楷書、行書でデザインするというもので、それを見て面接していただけることになったんです。

越智 その頃、社内では「グレコ」をベースにした「ニューグレコ」をリリースするにあたって、新しく仮名を作らなきゃいけないという状況でした。でも、楷書の仮名を作れるのが藤田さんしかいない。藤田さんとしては自分がやると筑紫っぽい藤田流の文字になっちゃうというので、筆文字が作れる人を探していました。それと山村さんが入社を希望してくれた時期がちょうど重なったんです。
 山村さんが提出した宿題を見た藤田さん、めちゃめちゃウキウキしてた! 「筆、書ける人が来たよ!」って(笑)。

山村 え、私には全然そういう雰囲気に見えませんでした(笑)。採用された時、まだ卒業まで1年以上ある時期だったので、1年間アルバイトとして通いながら新人研修をして、ニューグレコの仮名を作り始めました。

― すごくドラマチックなタイミングだったんですね。そして「書体が作りたい」と直談判する熱意は、おふたりとも共通しているんだなと思いました。

1994年にリリースされた楷書体「グレコ」をベースに生まれた「ニューグレコ」。漢字を現代的な字形に変更し、それに合わせて仮名を新たに山村さんがデザイン。より自然な筆の流れを意識した形になった


フォントワークス入社後、書体制作へのあゆみ

― 入社してから自分の書体を作り始めるまでは、主にどんな仕事に取り組んでいたんですか?

越智 山村さんが入社したタイミングでは、書体デザイナーが藤田さんと私たちの3人しかいなかったので、藤田さん主体で新書体の制作をしながら、「筑紫オールド明朝」や「スキップ」など、リリース書体の制作に携わっていました。山村さんはその合間にニューグレコの仮名を作っていたよね。

山村 そうですね。ニューグレコの仮名の制作をやりながら、その時々でリリースされる書体の制作をしていました。

越智 私の場合は、記号をたくさん作った記憶があります。「越智、ちょっとこれ作って」と藤田さんに教えてもらいながら作ったり、漢字のバグのチェックをしたり。入社2、3年目にはスキップのウエイト展開をしながら漢字を覚えていきました。仮名の制作は難易度が高いので、まずは漢字や記号から書体というものを覚えていくように仕事を任せてもらっていたかなと思います。

― 実際にリリースされる製品づくりに関わりながら、どんどん仕事を身につけていくんですね。

越智 入社したての頃、試用期間の3ヶ月くらいは、こんなレタリングの研修もしていましたよ。いちばん上の「筑紫明朝」のパーツの特徴を見て、下の空白のマスに自分の名前を書くという研修で、真ん中の段は初めて書いてみたものです。
 たとえば、亜紀子の「亜」の横画は、筑紫明朝の「美」の横画を参考にしてみる。ただ、「美」にはいっぱい横画があるから、「亜」にはどのくらいの太さがちょうどいいのかを考えながら自分の名前を完成させていく。努力は感じるけど、今見るととんでもない仕上がり(苦笑)。

― 真ん中の行を最初に書いてみて、藤田さんからのフィードバックを受けてもう一回書いたのがいちばん下のものですか?

越智 そうですね。藤田さんに見せてフィードバックしてもらって、また書き直してというのを何枚も繰り返しました。
 最近入社したメンバーは、フォント制作に使っているGlyphs(グリフス)の操作を覚えながら書体を覚える方がいいのではということで、別の研修をしています。

― 書体づくりは新たなツールの登場などで変わっていきますし、新人研修もそれに合わせて変わってきていますよね。でも、これまで書体デザイナー座談会に来てくれたメンバー含めて、みんな「書体を作りたい」という強い思いは共通しているんだなと。
 今日は越智さんと山村さんの熱意に満ちたエピソードを聞けて、改めて2人のファンになりました。ありがとうございました!


(取材・構成:フォントワークスnote編集部/文:足立綾子/撮影:勝村祐紀)

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